第78話 再会とリアリティ
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少しばかり騒ぎを起こしてしまったものの大きな問題ではないと判断されたらしく、僕は制服の男からいぶかしげな眼で見られるくらいで建物を出ることができた。
いや、もしかしたらこの程度の修羅場はこういった施設ではよくある話で、僕が自意識過剰であっただけかもしれない。
そのほうがより説得力というものがある気がした。
心と体を襲ったかつてない疲労のため、ぐしゃぐしゃになってしまったネームを握ったままぼうっとしていると、
「おいっ!」
と明るく声をかけられた。
振り向いて確かめるまでもない。
声の主は彼女――武生要だった。
「やあ、どうも」
「思ったより早かったじゃないか」
「……そうですか」
いろいろなことがありすぎて時間の感覚などまったく吹っ飛んでいた僕は、気の抜けたような返事をした。
確かに入って行く時と変わらない、気持ちのよい日差しが満ちた現実世界がここにはあった。
「うまくいったのか?」
「ええ、まあ」
僕は言葉につまって視線を泳がせた。
しかし、ありのままを告げるしか手立てはなかった。
「やっぱり、案の定でしたよ。無理な話をしに行ったわけですから、無理もない話ですけど。できるかぎりがんばったのですが、非常に驚かせてしまって、狼狽させてしまって、罵倒されてしまいました」
「そう――か……」
彼女は露骨に肩を落とした。
がっかりさせては申し訳がない。
慌てて僕は彼女にフォローを入れた。
「でも、いいこともあったんです。バイスがこれを」
と言いながら手にしていたネームを彼女に見せた。
「これを見てくれたんです。それで、憶えてくれたんです。もう頭に入っていると言ってくれたんです。昔から一度見たら、忘れるということはない男ですから」
僕の言葉を飲み込むまでの時間がややあってから彼女の表情が一気に明るくなる。
「そそそそれって!」
急激にテンションを上げる彼女を僕はなだめながら、
「いやいやいやいや、でもわかりませんから。バイス次第ですから。僕らにできることは、もうないんです。だから、とにかく、少し時間を置きましょう。そうする価値はあると思うんです」
「そうか、でも、うれしいじゃないか!」
僕はふと振り返る。
建物を囲む壁は灰色にくすんでそしてとても高い。
僕は、そしてバイスはこの壁を乗り越えることはできるのだろうか?
無理です!と即答したいところだが、目の前の彼女の笑顔を見ればなんでもできそうな気がしてきてしまった。
しょせん、できることをできないままにすませるほど、僕は太っ腹で心根の大きい人間ではないのだ。
僕はうなずきながら少しだけ微笑んで、
「そうですね」
とだけ返事をした。
「そうですね、じゃないわよ!」
彼女はそう言いながら僕の背中を乱暴に叩いた。
こらえきれず、僕は二三歩前に進んでしまう。
「さあ! やることが山積みだよ! バイスからいつ連絡がきても大丈夫なように準備をしておかないと。すべては勝利のために!」
びっと天を指さし、かんらかんらと笑う彼女は実に不敬極まりない。
しかし、不快ではなかった。
「勝利って、何と戦うつもりなんですか?」
いつものあきれ声で僕は彼女に問う。
すると彼女は振り返って、
「むふ」
と変な声で笑う。
おそらく何も考えていないのだ。
僕は微苦笑をもらす。
彼女はまゆをいからせて、また僕の背中をばんと叩いた。
今度は少しばかり手加減されていた気がした。
「さっ! 忙しくなるよ! ガンガンいこう! 僕らの戦いはまだ始まったばかりだ!」
「それじゃ、まるっきり打ち切り漫画のラストシーンですよ。縁起でもない」
「でも、そうじゃないか! ようやく始まったんだよ。君も、僕も、バイスも!」
勝手にテンションを上げる彼女とともに、僕も空を見上げる。
そして、そうだな、これからだな、と思った。
◆
(おわり)




