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第75話 奇跡と他人事

 面会日当日は、冗談みたいによく晴れた日だった。

 慣れない背広を着こみ手に封筒を一つたずさえた僕を、マツシマさんは自家用車で迎えに来てくれた。

 大手出版社の社員である彼の自家用車は、とにかく鼻づらが長くて駆動音くどうおんが大きく響くスポーツカー的外国車であった。

 僕としては、時間が読める電車で行こうかと考えていたのだがいろいろと諸事情があるらしく、こうして彼の車に乗ってひそやかに拘置所こうちしょに向かうこととなったのだ。

 と言いつつも、このような目立つ特徴を持つ車両が用意されてしまうといったいそこにどういう一貫性があるのかがただしたくなった。

 しかし、僕はもちろん何も言わず素直に後部座席に腰を落ち着けた。

「しかし、こう言ってはなんですけど、先生、変わられましたよ」

 背中を丸めた、正しいとはいいがたい姿勢で器用に運転をしながらマツシマさんは話しかけてきた。

 「先生と呼ばれる僕」に少なからずの興味を覚えた僕は、

「どう変わったんでしょうか?」

いてみた。

 すると、彼は、ちら、とミラー越しに僕と目を合わせてから、

「ええと、なんて言いますか、前の先生は、何を考えているのかわからないところがおありでした。それが、怖くて」

「怖い?」

 人様に怖がられるような面構つらがまえでのうのうと生きていたらしい。

 僕らしからぬ行為である。

「ええ、まあ」

 僕の顔色をうかがってからマツシマさんは肯定した。

「確かに、奇想と言いますか、発想の奇抜きばつさは卓越たくえつしていましたよ。でも、それに底がないんです。何を言い出すのか、何をし出すのか、誰にもわからない。まあ、今もちょっとその気はあるのかもしれませんけども」

 今回の件について相当に無茶を言った自覚はあるので、僕はなんと言ったらいいのかわからず困った顔をした。

 マツシマさんはそれを見て、ほっとした表情になる。

「そう、そういう感じで、なんか表情があるというか、感情が見えるというか、そこが違うんですよ。――ええと、ずいぶん、失礼なことを言ってますよね、私」

「そうでもないですよ」

 僕は他人事たにんごとのようにこたえた。

 実際他人事としか思えなかった。

「記憶がないなんて言われたら面食らいましたし、まさか、あの男に会いたいなんて言い出すなんて正直困惑していますけど、なんだか以前と変わられてずいぶんお話がしやすくなった気がするんです、すみません」

「そうですか」

 26歳の僕が何を考えていたのかまったく想像に及ばなかったので、僕は彼の言葉をどのようにも受け止めることができなかった。

 マツシマさんの知る僕は残念ながら永遠に失われてしまったのかもしれないのだ。

「まるで別人のようですよ、本当に」

「そんなことないですよ。この世の中に、僕は一人しかいませんから」

 僕はマツシマさんのひとごとに近い言葉にそう応えた。

 それからは特にこれといって会話もなく車は進み、目的地にほぼ予定時刻に到着した。

 追従ついじゅうを願い出るマツシマさんに丁重に断りを入れて僕は最後に礼を言ってから、手荷物とともに車を降り一人で拘置所の門をくぐった。

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