第74話 取引と奇跡
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「というわけで、さっそくバイスに会いに行こうと思うんです」
僕はベッドサイドでリンゴをむいている彼女、こと武生要さん16歳にそのように宣言した。
彼女はぽかんとした顔をした。
「おお、そうか、うん」
彼女はちょうどむき終えたリンゴを皿に盛ってから、
「そうか、会いに行くか!」
とうれしそうな声を出した。
それから、笑顔をこわばらせて、
「でも、どうやって?」
と至極当然な疑問を口にした。
「この前マツシマさんにお願いしておきました」
「何を?」
「バイスとの接見をセッティングしてもらうように」
「……無茶言うなあ。マツシマ、反対したでしょ」
「血相変えて大反対されました」
「そりゃそーでしょーよ!」
こりかりっ、といい音を出しながら、彼女は自分でむいたリンゴを食べ始めた。
特に僕のためにむいてくれたものではなかったようだ。
「相手は君を殺そうとした人間なのよ? 復讐か何かよからぬことを考えていると思われたって不自然じゃない。記憶があやふやとはいえ、ほぼほぼ五体満足で社会復帰できそうだという矢先にそんなことされたんじゃたまったもんじゃないでしょ」
「まあ、でも、きっと僕の言うことは聞いてくれるでしょう。そういう相手には僕は強く出られるんです」
「よくよく小心者なのね、君って」
何をいまさら。
僕は肩をすくめた。
「ほとんど勲章のようなものですね」
「バカなことばっかり言ってないで。で、結局セッティングはうまくいったの?」
「さすが、敏腕編集者ですね。作家の無理を聞き、作家の無茶を通すために生まれてきたような方です。どこをどうしてどうやったのかは知りませんが、うまくいったようです」
こんなことになる前の僕がはたしてどれほど人格者であったのかはもちろん記憶にないが、マツシマさんは実に世間の荒波というものに精通しておられた。
散々僕の意見に反対をし、硬軟取り混ぜた言葉で翻意をうながしはしたものの、僕が絶対に折れないと見るやそこからの行動は迅速だった。
「バイスがいる拘置所での面会を取り付けてくれました。もちろん、僕の名前で申請したのでは、まわりはともかくバイスが出てきてくれないので、素性は偽ります。そして、偽ったことが外部にもれないように、隠ぺい工作もバッチリですよ。これなら――」
僕はふっと硬く息を吐いた。
「これならバイスに会うことができます」
「ふーん。マツシマ、グッジョブ、か。あいにく僕は彼に対してはよい感情は持っていないから拍手はしてあげないけどね」
「そうですか。なんなら、今からここで君に謝罪でもさせましょうか?」
「形だけの謝罪なんて、イチゴの乗っていないショートケーキ以下なのだよ。二度と会いたくないから別にどうでもよし」
フラットな視線でがりっとリンゴをかじる彼女。
何せマツシマさんは彼女を僕のもとに遣わしたグループのうちの一人なのだ。意に染まぬことを強要された彼女からしたら、その結果僕らと出会えたという幸運な事実とは別に、相容れない気持ちがあるのだろう。
マツシマだけではない。
彼女は両親も含む彼女のまわりにいる大人たちに同じような感情を抱いているのだ。
そんな彼女の気持ちを慮れば余計な文言は字義どおり命取りになりかねなかったので、僕は軽くうなずくにとどめておいた。
「で、僕も連れて行ってくれるんだろうな?」
「え、なんでですか?」
「なんでですかって!」
怒声ととともに、彼女の口内にあったリンゴの破片が僕の顔面にぶつけられた。
「僕だって君たちのパートナーじゃないのか! 僕と君とバイスの3人で新作描こうって! 伝説の樹の下だったか、桃園のどこかだったかで誓い合ったじゃないか!」
記憶の混濁を疑うレベルのオリジナルエピソードを勝手に挿入されても困るのだけれども。
「いやいやいや――それはそうかもですけど。バイスと君はそもそも面識ないじゃないですか? いきなり連れて行くなんて無理ですよ。やることが多すぎます。時間だってそれほどあるわけじゃないんですし」
「そうか、まあ――そうだけどさ」
「バイスが僕とどれくらい言葉を交わしてくれるかだって、未知数なんです。なにがどう転ぶのかは本当にでたとこ勝負なんですよ。必ずいずれ紹介しますから、今回は僕だけで行かせてください」
「ホントだな。ホントに紹介するんだな!」
「もちろんですよ。僕が約束をたがえたことがありますか?」
「君と約束なんかするほど、僕は無謀な人間ではないのだよ」
ドヤ顔で反駁する彼女に、僕は完敗を表す微苦笑を顔に浮かべる。
「で、いつ、会いに行くの?」
「あさってです。スティーブンソン氏にも許可をもらいました。あさっての朝早くにここを出て拘置所へ向かいます」
「そっ、か」
彼女はうれしそうな顔をした。
「君の気持ちが伝わることを祈っているのだよ。相当に難しいってことはわかっている。でも、僕は奇跡を信じるよ」
「奇跡なんて、言わないでください」
僕は頭をかいた。
「僕はただ、友達に会いに行くだけなんですから」




