第72話 帰還と回復
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経過は思いのほか、良好であった。
良好であるのも無理のない話で、ケガ自体は僕が意識を喪失している間にほとんど治癒してしまっていた。
僕の意志の外で僕の肉体は生命を黙々と維持していたのだ。
実際、脱帽ものである。
一番損傷のひどかった左足には残念ながら後遺症が残り杖が手放せない生活が確定的となったが、この程度で済んだのならば不幸中の幸いと呼べる程度のものだと思えた。
もっとも、医師の一人に笑顔でそう伝えられた当初はすんなりと受け入れることはできなかったけれども。
しかし、一晩経てば人間はたいていのことは、なれてしまうものだ。
実際になれた僕が言うのだから間違いはない。
そんな肉体的な後遺症よりも少しばかり面倒だったのが、精神的な後遺症のほうであった。
ご存じのとおり、僕の精神は事故による器質的なものを原因とする損傷を負い、さらにはその後の強制的な内的世界の展開が行われ、それらによる無理がたたっていた。
そのような状況下でまっとうな精神状態が保たれるという奇跡が起こるほど、世の中安っぽくはできていなかった。
「なるほど――よくわかった」
主治医と名乗る白人医師スティーブンソン氏は隣でイスに座る僕が質問に答え終わると、わりと流暢な日本語でそのように言った。
ちなみにこの人が、くだんの記憶をサルベージする技術の理論を構築した大脳生理学の第一人者なのだそうだ。
やたらあごひげが長く、くぼんだ眼窩からの眼光が鋭いご老人であり、僕の苦手とするタイプであった。
ちなみに僕の得意とするタイプというものは今のところ存在は確認されていない。
「大きな損傷、破綻、錯乱もなく、無事に意識を回復できたのは、実にけっこう。これもひとえにもふたえにも、この儂のおかげである」
「はあ」
「君は奇跡の生還を果たし、儂は貴重な研究データを大量に得ることができた。お互いに得るものが多かったことは非常に幸福なことである。むろん、これもすべてこの儂の努力の賜物にほかならない」
「はあ」
「しかしながら、問題はこれで何もかも解決したわけではない。今後どのような影響が出てくるのかはまったくの未知である。人間の精神構造は複雑にして奇怪極まりない。もちろん、これもこの儂にまかせるのならば、問題は最小限に食い止めることができるであろう」
「ですよね」
僕の心ないあいづちを受けて、スティーブンソン氏は手にしていたボールペンの尻を前歯で一度かじった。
それから、頭をゆっくりと振る。
「今現在、あなたに起きている問題についても我々は今把握をした。早晩、この問題は解決されてあなたの悩みは取り除かれるだろう。誰あろう、この儂の手によってだ」
「つまり、治る見込みがある、ということですか?」
「治る見込みがある?」
スティーブンソン氏は僕の問いを口元だけで笑って受け止めた。
「治る見込みがある、のではない。儂が治すのだ。ありとあらゆる方策であなたの問題にメスを入れていく。確実に正確に効果的に、だ。必ず治る。すべてこの儂の力によるものだ」
「そうですか」
スティーブンソン氏の自信過大な物言いにこそ、不安を禁じ得ないのが実際だ。




