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第66話 「えいっ★」とさらなる高み

 僕は嫌な予感を覚えて体育座りから正座へとシフトチェンジする。

「今のは、何かその――心構え的なお話なのでしょうか?」

「心構えと言うか、かけ声だよ。『えいっ★』」

と彼女は片足を上げて舌をぺろりと出し、ダブルピースしながらそのかけ声とやらを口にする。

「そのポーズに何か意味があるのでしょうか?」

「うーん、むしろポーズのほうが心構えと言えるかも。精神を集中してこのかけ声でジャンプするのよ」

「ジャンプ――ですか?」

「そう、校舎の屋上からグラウンドに向かってね。『えいやっ★』」

「死んじゃうじゃないですか!」

 そんなポーズとかけ声で飛んだら、ただの変態による投身自殺である。

「バカだなー。こんな仮想現実で実際に死ぬなんて、あるわけないじゃないか!」

「死んだ方がましだと思えるくらいの自己嫌悪にはおちいりそうですが」

 このような僕の控えめな嫌味いやみを聞いても彼女はまったく平気な顔で、

「君は愚かだ愚かだと言うけど僕の実体験を検証なしに否定するほうがよっぽど愚かじゃないか? 実際に僕はこのような方法で現実へ帰還をしている。これが僕のメソッドだ。――少しは参考になったのかしらん?」

と余裕をにじませて反駁はんばくし、再び同じポージングからウインクを決めてみせた。

 なるほど。

 確かに彼女の言うとおりだ。

 恥ずかしげもなく無条件に保守的な人間である僕は自分の狭量きょうりょうな心からこぼれたものはすぐに唾棄だきする悪いくせがある。

 一度反省することにした。

「おっしゃるとおりです。すみませんでした。自ら教えをいながら、それを嘘だと吐き捨てるのは愚かな行為でした」

「まあ、いいさ。誰にでもミスと言うものはある。しかし、どれだけミスを犯した人間にももうワンテイクは必ず回ってくるものなのだ。気にするな。次で取り戻そう」

 親指を立ててキメ顔を見せる彼女の頼もしさたるやいかばかりか。

 僕はあっさりと彼女に全幅ぜんぷくの信頼を置くことを決定した。

 彼女は僕の肩をポンと手を叩いた。

「さ、じゃさっそく試してみようか!」

「試す――とは?」

「さっき教えたとおりに屋上からダイブしてみるのだ!」

「みるのだって!」

 置いた全幅の信頼をもう一度(かつ)なおす僕。

「さあ、まずは練習よ! 『えいやっ★』」

 実にかわいらしいポーズをとり始める彼女を前に僕はもじもじとしていると、

「どうした! 現実世界へ戻りたくないのか!」

などと彼女がげきを飛ばしてくる。

 目が本気なあたり実にうっとおしいのだが、その迫力と言うか圧力に押されてやむをえず練習を始める。

「えいやっ」

 僕はそう声を出しながら、両耳の横で招き猫のようにこぶしを丸めてから首をかしげ軽くひざを曲げて上目づかいで彼女を見た。

「全然だめね。見た目が気持ち悪いわ……」

「見た目の問題なんですかっ!」

「あったりまえじゃない! そんな気持ち悪さで現実になんて戻れるわけないでしょうが! やり直し!」

 近年まれにみる全否定であった。

 直すべきところしかないという迷惑極まりない状況である。

 しかし、裏を返せば直るべきところしかないという状況でもあるまいか?

 負けてなるものかと僕はさらなる高みへと登り詰めていく。

「えいやあっ」

「いえいやぁっ」

「にぇいにゃぁん」

「うーむ」

 彼女は僕の調子に乗った形態けいたいを見て、初めて腕を組んでうなり声を上げ、端的に言った。

「無理」

 彼女の無情なる一言に僕はやや激しく転倒した。

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