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第64話 いつもの光景と(不)確実な方法

「では、現実世界へ帰るということで、ひとつよろしくお願いいたします」

 自分の内的世界を客観的に体感する貴重な体験ではあった。

 しかし、ここでやるべきことはもはやあるまい。

 僕は彼女に最終的な決意を伝える。

 そうだ。

 僕は帰らなくてはならないのだ。

 彼女と二人で現実に戻ろう。

 そして、バイスに会うのだ。

 下がっていたまゆをいからせ、僕はぎっと彼女を強く見つめながら、

「一緒に戻りましょう!」

と告げた。

 すると彼女は、

「へ?」

とワンテンポはずれたタイミングで奇声を発した。

 思わず僕はその彼女のきょとんとした顔を二度見した。

「へ?」

「え?」

 見つめあう二人。

 しかしながら、双方とも口をぽかんとあけた間の抜けた顔では雰囲気も何もない。

「いや、その、一緒にですね、現実世界へ戻りたいんですけれども」

「はい。では、そういうことで」

「いやいやいやいや!」

 おもむろにその場を去ろうとする彼女を僕は全力で引き止めた。

「連れて行ってくださいよ!」

「連れて行く?」

 きょとんとした彼女の表情に、じっとりと汗をかく僕。

「そうですよ! 君はここと現実世界を自由に行き来してたじゃないですか!」

「自由にって君ね、ここまで来るのには、僕《《によるそれ相応の努力》》というものがあってだね――」

「あああああ、すみませんね。とにかく、そのやり方で僕も現実世界へ戻りたいんです。ぜひに手ほどきのほどをお願いしたい次第で」

 うん、と彼女は小さく声を飲み込んで腕組みをした。

「そうか。君は僕と同じ方法で目覚めようと言うのか?」

「ああ、確か僕は昏睡こんすい状態でしたっけ? 目覚めるという言い方のほうがより正確ならそう言い直します。だって、僕は昏睡状態から目覚める方法なんて知らないですから僕は君に頼るしかないんですよ」

 ほかに手がない、という情けない状況を盾に僕は彼女に強く打って出た。

 小心者の開き直りの恐ろしさをとくと味わうがいい。

 しかし、次の彼女の言で僕は自分の置かれた立場の恐ろしさを味わう羽目になる。

「残念ながら、話はそれほど単純ではないよ。そもそも同じスリープ状態と言っても器質きしつ的にも経緯的にも君と僕の状況は大いに異なる。僕は機械につながれているが、普通に睡眠しているだけ。僕の睡眠による脳波の変化がきっかけで装置が作動して君の精神と同期を始める仕組みだそうなわけだけれども、外傷のない脳による健全な睡眠活動がトリガーとなっている。しかし、君の昏睡はそもそものきっかけが交通事故による外傷がきっかけだ。頭部に強い衝撃を受けたことによる頭蓋内血腫ずがいないけっしゅにより君は昏睡状態に陥っている。もちろん手術により血腫は後に消えたけれどもね。――つまり、ここで同じように雁首がんくびを並べているのが奇跡だと言えるくらいに僕らの状況は大きな隔たりがあるのだよ、僕」

「つまり――どういうことですか?」

 彼女の言葉に対して自分で結論を導き出すのが恐ろしくて、僕は会話のボールをすぐさま彼女に投げ返す。

「つまり、僕と同じやり方で君が現実世界に戻れるとは限らないということになるな」

 戻れるとは限らない、というのはずいぶんと優しいオブラートでクレープの皮を包むような表現であることは明らかであり、すなわち、

「僕は戻れないってことなんですかっ!」

と僕が不安に耐え切れず叫ぶと彼女はのけぞりながら、

「いや、まあ――もちろん、試してみる価値はあると思うけど。確実な方法ではないことは覚悟してくれたまえということになるのだ、よ?」

とまたもや柔らかい表現で厳しい状況を告げた。

 僕の心象を反映し、すう、と蛍光灯の明かりが極端に弱まった。

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