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第59話 今の君と正しい歴史

 彼女は言葉を続けた。

「最初は――嫌だった。だって、自分の記憶を他人にのぞかれるなんて誰だっていやだろう? しかも、なんでもいいから金になりそうな記憶を引っ張ってこいってな具合で放り込まれる。さらには、その引き出した君の記憶が僕の中で生き続けていくことになる。精神的同居を余儀なくされるんだ。いい気分になんてなるわけがない。だからさ、うまく君と――そのチャンネルがつながらなくって、暗闇の中でひざを抱えて座っているのもそれはそれで悪くなかったんだ。わがままを言わずにかつ誰も傷つけなくてすむってことだよね。でも、ある日、事情が変わった」

「チャンネルがつながっちゃったんだね、僕と」

「まさか――まさかだよ。まさか、あんな荒唐無稽こうとうむけいな話が現実のものになるなんてね。ある日、いつものように君の世界へと降りていくとまるっきり変わっていた。暗闇だった世界に形のない光があふれていた。そして、そこに君が立っていたんだ」

「と言われても、こちら側からはどうも状況がつかめないですが……」

 抽象的な描写ばかりになるのはやむを得ないのだろうがそれでも何か理解の手助けがほしかった。

 彼女は口にこぶしをあてて少し考えてから口を開いた。

「君と機械でつながれて目を閉じると僕は強制的に夢を見るんだと考えてみてくれ。それまでは自分以外は登場人物のない一人芝居。くらな舞台で観客もいない。考え事をするには最適の空間だ。しかし、ある日舞台に上がるとまぶしいばかりに照明がたかれ舞台装置がそこかしこに隙間なく並べられているじゃないか。そして、向こうのほうから君が当たり前のように現れた――肉まんをかじりながらね!」

「それって、けっこう最近の話じゃないですか?」

 僕が彼女に初めて会ったのはつい数か月前の話だ。あくまでこの世界での僕の認識の上で――だが。

「最近、ね。不思議なのは君の体感時間なのだよ。僕が舞台に上がった時だけこのステージの時間は知覚されるはずなのに君はその間の時間も確かに生きているんだ。実に奇妙な話だ」

 そんなことを言われてまじまじと顔を眺められても返答のしようがない。

「初めはチャンネルがつながるのは一瞬だけだった」

 僕は、誰もいない住宅街で地縛霊と激突した、あの瞬間を思い出した。

「その次からチャンネルは完全につながった。そして、僕は君と出会った。君とバイスの二人に出会えてしまった。そして、君たちの作画光景という記憶を記録に収めていこうとした。しかし、人の記憶を取り込むというのは恐ろしいものだよ。君は気付いていないと思うけど、君は僕にものすごい勢いで浸潤しんじゅんしてきた。実際は、僕が君から記憶を引き出したんじゃない。君が僕に強制的に記憶を送り込んできたんだ。異物を排除するのではなく吸収して自分にしてしまうんだ。人間の精神はそういうふうにできているんだね。僕が君を演じたのはなかば必然だよ。そうしなくては、とてもじゃないがここにいることはできなかった。君を受け入れることでしか自分をたもてなかったんだ。この技術はまだまだ全然途上(とじょう)だ。危険すぎる」

 ぎゅっと彼女は両手で自らの細い肩を抱いた。

「まあしかし、目的的にはこれ以上の成果はなかった。探るまでもなく、そちらから送り込まれてくるぐらいなんだからね。そこまでは実にうまくいった。しかし、連中はすぐにサルベージだけでは満足しなくなった。欲望というものは底がない。サルベージしたデータを分析して僕に新しい作品を生み出させるには、手間てまがかかりすぎる。さっきも言ったように、すでにそこで生まれる利益は経済的な歯車に完全にはまってしまっているんだ。そこで、奴らは僕に窃盗せっとうだけではなく、詐欺さぎまでやれと言ってきた」

「詐欺? 何か君は僕らをだますような真似でもしたというんですか?」

「したさ。僕は君たちに提案をした。『投稿先を変更しろ』ってね」

「――ああ!」

 僕は、夕暮れの公園での彼女の威嚇いかく的な表情をまざまざと思い出した。

「僕らは君たちの正しい歴史をねじ曲げた。より実際的に言うならば、君の脳に対して一定のショックを与えてみた。そして、その過程で君にまったくの新しい作品を作らせて、それをまるごと引っ張り出してパッケージングして商品に仕立て上げようとしたのだよ」

 つまり、彼女が投稿先の変更を迫ったのは、実際の過去からあえて脇道にそらせることにより、完全なる新作を作らせる目的のために行われたということになる。

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