第58話 未来の僕と今の君
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僕は汚れた長机にしばし突っ伏し、彼女の発言がもとで起きた笑いの衝動に必死に耐えていた。
僕は、たかが10年で自分がそんな中学生の妄想のような存在になっているという事実に耐えられる自信がない。
これまでの何もかもが嘘だったのではないかとすら思ったほどである。
無駄な抵抗だとは感じながらも僕はそれを否定するしかなかった。
「そんなわけないよ。僕にそんなすばらしい能力はないですよ」
「信じられないのも無理はない」
彼女はそんな僕の薄ら笑いまじりの反応をすでに見越していたらしく、連続殺人犯を諭すような口調で言った。
「正直僕だって、今の君を見て、少なからず失望したことは事実なのだ。僕も君の作品をいくつか読んだことがあるし、一度は会ってみたいと思っていた。それがまさかこんな小心者で猜疑心が強くて臆病な、どちらかというと見ていて悲しい気分になる人物だったとはね」
なぜだろう、唐突に死にたくなった。
「まあ、その、僕の語彙が足りなくて、どうしてもありきたりな表現になるのは申し訳ない。でも、君は、そういう存在なのだ。多くの人間に希望を与えている。《《かりそめにすぎないかもしれない君の言葉が、みんなの本当の気持ちを動かしている。》》それはそれは実に」
実にすばらしいことだろう?
誇らしげに彼女は言う。
確かにそれは誇るべき偉業には違いあるまいと思うが、当然どうにも今の僕にはしっくりと来ない。
もちろん、しっくりと来てしまうことのほうが不自然だろう。
16歳の僕に26歳の僕の気持ちはわからない。
そしてその逆もまた同じだ。
「そんな君が、その才能のほんの一部を世に送り出しただけで死にかけてしまっている。大いなる損失だと人々は考えた。文学的な損失ともうひとつ」
「もうひとつ?」
僕は答えを思いつきながら彼女に聞き返す。
彼女はすっと表情を消した。
「もうひとつ――それは経済的な損失だ。君の才能が生むであろう富は、それが実体を持つ前にすでに多くの人の経済に組み込まれてしまっていたわけだ。取らぬ狸の皮算用。資本主義万々歳だね」
「それは相当お困りだろうね」
僕は間の抜けた猟師たちに同情した。
「困ったなんてものじゃないよ。あれは恐慌に等しいね。大の大人が本性むき出しにして右往左往しての罵り合いだよ。いい人生勉強になったよ」
彼女のため息に僕もうなずいて同意した。
「記憶をのぞき見るなんていう、うさんくさそうな技術にでもすがりつきたくなるわけですね」
「そう。彼らはそのうさんくさい技術に望みをかけた。君の記憶からまだ見ぬ物語の切れはしでもいいから、とにかく金目のものを引き出す。そのためだけにね。君はただの預金がつまったタンスあつかいさ。そして、僕がそれをあさるコソ泥役に大抜擢されたというわけだ」
「どうして君が選ばれたんですか?」
「君はおそらく知らないだろうが、僕は君の遠縁の人間なんだ。コソ泥役にはある程度の遺伝子的な同期が求められているそうでね。なんでもチャンネルのつながりがいいとか悪いとか。しかも、十代なかばの成長期の人間がいいのだそうだ」
「若いとシナプスの伸びがいいとかあるのでしょうか?」
茶化した僕の発言を彼女は肩をすくめて受け止める。
「さあ? ともあれ、密かに進められた調査の結果、僕に白羽の矢が立ったんだ。僕の両親は提示された報酬額に一も二もなく飛びついた。そりゃとんでもない額だったそうだよ。それが、イコール君の、君の創作活動の記憶の価値さ。僕の意向なんてはなから考慮外さ。たまったもんじゃないと思ったけど、おかげさまで、僕はこうしてここに立っている。もちろん、実際には君の隣で寝転がってるんだけどもね」
彼女はそう言ってさみしそうに笑った。




