第57話 記憶と未来の僕
しかし、そこにばかりこだわってもいられない。
質問は次から次へと噴出してくるのだ。
「そして、君はそんな一介の物書きの記憶を見にきた――って言っていたね?」
「そのとおり。僕がここに来た理由は実際それだけだ。記憶を見に来ただけじゃない。記憶をトレースして君の創作能力を奪い、最終的には僕が君の作品を生み出せるようにすることが目標だった」
「それでずっと僕を名乗っていたわけですか?」
「順調にいけば僕の中で君から引き出した記憶が溶け合って君と僕の自我が融合していくとの予測が出ていた。――まさに僕は君になる予定だったのさ」
「しかし、そんなことは実際に可能なのでしょうか? 人の記憶というものはのぞきに行きたいと思ったらのぞきにいけるものなのか、奪いたいときに奪えるものなのか、と僕は非常に不思議に思うのですが?」
「確かにそのとおり。単純に科学的可能性でいえば、今の君が不思議に思うのも無理はない。しかし、10年後ならばどうかな?」
「10年間で科学が飛躍的に発展したということですか?」
それこそ飛躍的にすぎるように思えた。
「もちろん、10年後だってそんなことはできっこない。科学というのは再現性が大事だからね。お役所的なのだよ。一度しか認定されないものについては非常に見方が厳しいが、何度も認定されたものについては前例として重用されるというわけだ」
あごに手をやる彼女。
「技術的に言えば、10年後においてもまだまだ未来の技術だ。しかし、実際に試してみたら成果だけが出てしまった。理論だけは保障してくれた科学者たちが今も僕らの脳波を注意深くすぐそこでモニターしている」
「なるほど」
とつぶやきつつ、僕は再び周囲を見てみる。
油のにおいがしみついた、空気が淀みきった狭くて暗い部屋にしか見えなかった。
しかし、それは僕の知覚が及ばないだけであって、おそらく実際は清潔な病室か研究所で多くの人に見守られながら僕は眠りこけている、ということになるのだろう。
「――つまり、僕は交通事故で目を覚ますかどうかもわからない。そのまま死んじゃってもいた仕方がないところだけれども、それでは困る人たちがいる。何としても僕の記憶を盗み見なくてはならない事情がある皆さんだ。だから、君が送り込まれてきた。多国籍企業に潜り込んだスパイさながらに。どういうマシンが起動しているのかはわからないけど、理屈だけは一丁前なマシンに一縷の望みが託された。奇跡的にマシンは理論どおりの効果を発揮し、僕の記憶のサルベージを順調にこなして、少しずつ僕に近づき、成り代わりつつある、とか?」
彼女は僕がかみ砕いた僕なりの現状把握に異論をはさんでこない。
当たらずとも遠からず、ということなのだろう。
「記憶の掘り起こしはずんずん進んで今は16歳のところまでやってきた。バイスと僕が創作活動にいそしんでいるシーンだ。僕が将来文筆活動をするならば、ここは非常に重要な一幕となりそうだね。僕の記憶のアーカイブ化を望んでいる連中の目的は、まさにこの時代にあるのかもしれない」
「そのとおり。彼らの目的は、君の創作活動のメソッドの一般化にある。僕を介してそれを現実世界で再現しようという試みだ」
「つまり、あー……」
彼女のカットインに、僕は一瞬混乱する。
「僕の記憶とやらに、それほどの価値があるのでしょうか?」
僕の愚直な問いに、彼女はあきれた口調で返答する。
「なんだい。知らないのかい? 君がデビューから一貫してつむぎ続けている物語『ガイスブロク』は、先ごろ33巻が出版されたばかりだ。戦乱の絶えない架空の幻想世界を舞台につむがれる少年少女の冒険を描いたファンタジーノベル大作で、新刊が出るたびにこの国の発行部数の記録を更新し続けている。そして、君の筆は小説にとどまらず、戯曲、脚本、エッセイなどでも次々と強い影響力を持つ作品を生み出し、それは多くの言語に翻訳されている。広く若い世代に圧倒的な支持を受け、国家元首並みの影響力を持つとまで言われている君は、今世界で死んじゃったら困る人間の一人にまで数え上げられているんだよ?」




