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第56話 告白と記憶

 僕はぐるりと首をめぐらせる。

 殺風景な美術準備室に見覚えはなかった。

「僕にはこのステージとやらを作ったという記憶はないですね」

「うーん」

 彼女は腕組みをした。

「それは今段階の君の記憶にないだけじゃない? もしくは、ここは君の脳内であるわけだから君が『記憶のない君自身』も含めて一から創作した可能性はある。実際に君の通っていた高校に美術準備室があるかどうかは知らないけれどもね。いずれにせよ、必要があって君が作ったんだ」

「必要があって?」

「例えば、夜を徹して漫画を描く必要があって――だよ」

「でもこの場所を教えてくれたのは君じゃないですか。僕がこの場所を提案して、バイスと君を引き連れてきたわけじゃない。ここで作業をするという件については、最初から僕は完全に蚊帳かやそとでしたよ?」

「そのとおり。しかし、僕はここに美術準備室があることは知っているが、実在するかどうかは知らないのだよ。ここを作ったのはあくまで君だよ。投稿作にうっかりミスがあって急きょ校内で漫画の修正をしなければならなくなった。ひょんなことからちょうどいい作業場が校内にあることがわかり、そこに移動して夜を徹して漫画を描く。その筋書き自体を君が作ったんだ。そういうふうにストーリーを作ったのだ。もちろん、すんなり投稿作品を完成させることもできたはずさ。しかし、君はそうしなかった」

 彼女はそこで言葉を切ると、僕を見てにやりと意地悪そうに笑った。

 その笑顔は僕を容易に不安にさせた。

「僕がそうしなかった? でもその――なんというか心当たりがないですよ。どうしてまたそんなトラブルばかりのストーリーを作ったんですか? 僕は何がしたかったんだろう?」

 みっともなくおろおろとした声を出して、僕は胸中きょうちゅう吐露とろする。

「それはわからない。でも、きっとこれは君の習性なんじゃないのかと思うよ」

「習性?」

「職業柄、というのかな? 君はおもしろおかしくて、なるべく平坦を避けて突発的なアクシデントを好む傾向があるのだろうね」

 明らかに16歳の僕と違う傾向である。

 今後10年間に何が起きるとそんなフレキシブルな生き方を志向するようになるのであろうか?

 あんまんでも食べすぎたのかもしれない。

「職業柄って言われてもわからないんですけど、26歳の僕は、何を生業なりわいとしているのでしょうか?」

 さりげなくかつ核心的な僕の質問に、彼女はつまった。

「……君の職業はだね、一番簡単に言うと、物書きだ。文筆業。しかし、厳密な分類を求められると少し難しい。それほど君の活動は多岐たきにわたっている」

「僕が、物を書く? え? そんな仕事をしているっ……て?」

 今僕がバイスと一緒に漫画の筋書きをこねくり回していることから、まったく考えられないことでもなかったが、にわかには信じられない事実でもある。

 そもそも僕は、筆を起こしてまで世に訴えたいことなど何も思いつくわけがないのだ。

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