第52話 妄想と時間稼ぎ
「ところで、まだ僕の話は途中なんですけれども」
「おいおい、おしゃべりもいいけどとりあえず作業を終わらせようぜ。バイスが帰ってきたら大目玉だよ」
いらだちを隠しもせず彼女は僕の言葉を遮った。
確かにバイスの大目玉は怖い。
想像するだけでさぶいぼが出て動悸がするほどだ。
しかし、僕は言葉を止めることはできなかった。
「それじゃ、最後にもう一つだけ――そのバイスのことなんですけど」
「バイスのことぉ?」
と言いながら不審げな表情を向ける彼女に僕はゆっくりと告げた。
「戻ってくるのが、遅いと思いませんか?」
「はあ?」
彼女は僕の顔面にしっかとメンチをくれてから自分の腕時計に目を落とした。
そして、僕らの取るに足らない論議でそこそこの時間が費やされたことを知る。
そこそこの時間とは言っても20分かそこらだが、バイスが向かった地学準備室とこことの間の移動時間が長く見ても3分程度であったこと、そしてこういうときに見せるバイスの敏捷性から察するにやや時間がかかりすぎているのは間違いがなかった。
ゆっくりと顔を上げた彼女の顔は動揺を隠しきれてなかった。
なにせこの愚鈍な僕にも彼女の表情と目線と動きで動揺していることがありありと見て取れたのだから。
「どういう意味だ?」
彼女は、あせりを隠しきれないまま僕に訊いた。
「おい、遅いってどういう意味だ!」
僕は一度瞑目して口をつぐむ。
無駄に話をひっぱるためではない。
自分が今引き返せないところまで来てしまったことを改めて察したためだ。
「君は確かに、僕の思いどおりになりませんでした。でも、バイスは違います。バイスのことはよく知っていますし、そういう意味では僕の心の中でバイスを再形成することは難しくないです。そして、ここが僕の内的世界ならば、そのバイスに干渉することも可能なはずです」
彼女でうまくいかなかったのならば――バイスで試してみただけのことだ。
彼女が僕の言葉を聞き、かみ砕いて裏の意味を悟るまで数瞬。
案の定、それほど時間はかからなかった。
「まさか!」
彼女は泣きそうな声で叫んだ。ああ、必要以上のショックを与えたんだな、と思い、少し心が痛んだ。
しかし僕はついに最後のピースを彼女に告げた。
「ええ、バイスにはこの世界から退場していただきました。うん、正確に言うなら、僕がこの世界から退場するように念じてみました――ですね。ですので、いつまで待ってもバイスは帰ってこないはずです。ここが僕の内的世界なら、彼が僕の創作物であるのなら――僕はそれを壊すこともできるというわけです。このことをうまくお伝えするのにある程度の時間が必要だったのです。ちょっと無駄話が長すぎましたけど、ま、ちょうどいい頃合いですかね?」




