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第50話 世界観と嘘つき

「な、なんて言ったんだ、今?」

 それが、この前まで幾度も聞かされたようなあきれた口調であったらどれほどよかったことか。僕はそう思いながら、ほがらかに彼女に語りかける。

「そうです。あなたは10年後から未来を変えるために来たとおっしゃっていました。しかし、現実世界でそんなことがあるわけがない。この世に生を受けて物心がつくころには自然に悟る道理ですよ。漫画やアニメやライトノベルじゃないんだから、そんなことは現実には起こり得ない。人は未来からやってこない。タイムトラベルはあり得ない。しかし、あなたは来たという。あなたは嘘をついていない。てことはですよ?『ここは現実世界ではありえない。誰かの内的世界である』という結論に自然とたどり着いてしまうんです」

 無論、タイムトラベルの可能性については永遠に完全否定されることはないだろうが、わずかな可能性にしがみついて判断を保留してしまうのも現実的とは言えまい。

 誰も嘘をついていないのなら、本件は現実世界では『解なし』とするべきなのだ。

 バイスが以前に言っていたとおりに素直に世界を『疑ってみた』だけの話なので、明確な根拠もないのがつらいところなのだが。

「そして、この結論は次の疑問を呼び起こします。すなわち、ここは『誰の』内的世界なのか?有史以来、世界をべたものは誰もいません。もちろんこの先も現れることはないでしょうね。誰のものでもないから誰の自由にもならない。それが現実世界です。しかし、これが内的世界ないてきせかいであるというなら話は別です。当たり前ですが『内的』と断っている時点で、彼我ひがを分ける自我じがの存在を肯定することを意味する。すなわち、誰かの所有であり得るわけです」

 ガラスがひどく汚れているのでよくはわからないが、窓の外はすでにだいぶ暗いようだ。

 赤黒い色をたたえるそこに僕はふたをする。

 彼我をへだてるように。

「誰、と言っても、ここでは、僕かバイスか、もしくは10年後の僕こと君か、この3択で事足りるでしょう。ところがこれがけっこう難しいところですね。『箱の中身はなんでしょね?』なんてクイズをバラエティ番組でたまに見かけますけど、あの逆で『ここは何の中身でしょうか?』なんてクイズは難問でしょう? 観測しようがありませんから」

 ここでため息をひとつ。

「でも少なくとも僕は僕だと思うので、ここは『僕の内的世界である』と思う、というか思いたいですよ。僕が、この思考をする僕が他人の妄想なんて信じられないので」

 そして、おそらく内的世界とはそういうものなので、と心の中で付け加えてみる。

「なので、ひとまずここは誠に勝手ながらここが『僕の内的世界』ということで一旦結論を見ます。これですべて解決です。今までの出来事がすべて『僕の夢』ならば、10年後の僕がいてもおかしくないし、僕とバイスが決別する未来もやってこない。夢にしては長いですけど、一炊いっすいゆめという事例もありますからね、現実世界の時間経過と比例していない例なんていくらでもあるのでしょう。むろん、こういう現象自体が稀有けうですが」

 手にしていたガムテープに腕を通して僕は彼女を振り返って続けた。

「こう説明をすれば、全方向に申し訳が立つと思うんですよ。むろん、その過程で君が僕の妄想の産物であるなんて言い方をする非礼についてはおびします」

「まったく、失礼極まりないね」

 彼女はくつくつとこら切れない笑いを口の端からもらしながら僕にそう告げた。

「どっから飛び出したんだい、そのオカルト話は? 聞いてて我が発想ながら赤面ものだね」

 彼女はいつものいたずら好きな笑顔になった。

「ここが君の脳内か。なるほど。まあ、確かに、十代男子の思考実験としては、通過儀礼と言ってもいいくらいありふれたものだ。けどね、あんまりよそでは口走らないほうがいいよ、僕。時と場合によっては道端で女子児童に声をかけるより面倒くさい事態におちいる可能性がある」

 それに対して僕は肩をすくめて首をかしげて返答と代えさせていただく。

 それを確認してから彼女は話を続けた。

「しかし残念ながら、そのご説明に対してはいくつかの破綻はたんが即座に目についてしまうけれども。観測不能は観測不能だからね。発想が飛躍的すぎるといったところかな、僕」

「つまりは、れっきとした証拠がない、ってことですか」

「そう。『証拠がほしいですね』!いつぞやの君のセリフだ。憶えているかな?」

 あいにく僕はそんなセリフは憶えちゃいなかった。

 過去の記憶なんて、僕を憂鬱ゆううつにさせるだけだからだ。

 彼女はついにこらえきれず、完全に相好そごうを崩した。

「自己否定的で申し訳ないが、まずは簡略に突っ込ませていただくと」

 彼女は笑いをこらえて、僕を指さして言った。

「僕が嘘をついていないなんて、どうしてわかるんだ?」

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