第49話 好奇心と世界観
「このままで、いいんだ、君たちは」
彼女は言いすぎた自覚があるのか、少し言葉を選びながらそう続けた。
「このままで。このままいってくれれば、それでいいんだ」
「まあ、そうなのかもしれませんが」
立場が変われば人が変わる。
彼女の立ち位置から見ればそうなのかもしれない。
しかし僕にはそれが正しいのかわかりようもないのだ。
それならばそれで、僕なりに僕のやり方を貫いてみることにする。
「実はその辺の、僕の未来とその未来からきた君についてのちょっとした仮説――というか説明ってやつを思いついたんです。むろん、憶測の域を出ないレベルですが」
彼女は作業を止めて僕を見た。
能面のような無表情、という慣用句がある。
思うに、能面はあらゆる感情を内包したがゆえに結果的に表情を形成し得ていないだけだ。
今、彼女の顔を覆う無表情は、そんな無の表情であった。
「へえ」
しばしあって彼女は薄い笑みとともにそう言った。
悪友の訃報を聞いた時のような笑顔だった。
「聞いてもらってもいいっすかね~? せっかく時間もあるようですし」
つとめて明るく、僕はこなれてきた目張り作業を進めながら彼女に問う。
背後からは彼女が自分の作業を続ける音だけが聞こえてくる。
否定も肯定もないものだと僕は判断し、思い切って僕の憶測を彼女に聞いていただくことにした。
「先ほど申し上げた様に、10年後には僕とバイスは何らかの理由で決別している。まあ、残念ではあるけれどもきっとそれなりの理由があったのでしょう。――で、その理由はなんなのか?」
僕は右ななめ上を見やる。
「一番に思いつくのはやはり僕のダメっぷりにバイスが愛想をつかした、というところですねえ。バイスの原稿にペンを入れるのはいまだにひどく緊張するし、その挙句に描きこんだのがつたない背景で申し訳ないし。明日にでも解雇通告を受けてもおかしくないくらいですから。10年もあれば愛想もたっぷりと尽きるでしょう」
僕が憶測でものを言っている間、思ったとおり彼女の反応はなかった。
しかし、それは別段かまわない。
僕は僕の憶測をたれ流しにしているだけなのだ。
聴衆に反応を期待する方が筋違いであろう。
僕は小さく息をついてからさらに言葉をつないでいく。
心のない言葉をつむぐのは僕の得意技だ。
「10年は長いですからね。何が起きても不思議ではない。認めたくはないですけど可能性は否定できない。むしろ、僕が不思議なのはそれを体験した君の存在についてです。それではその悲劇的な体験をした君は何のためにここ、君が言うところの10年前にいるのか? 何をしにここへやってきたのか? 理由は間違いなく、未来を変えるためでしょう。変換ですよ。タイムパラドクスなんてぶっとばして悲劇的未来を回避するためにやってきた、というわけです。まあ、サイエンス・フィクション的には王道ですね。実にクラシカルです。しかし、この君の存在理由を真に受けてしまうと、ひとつの大きな問題にぶち当たってしまうんです。すなわち、『ここは本当に現実世界なのか?』そして、もう一歩踏み込んで、ここが『誰の内的世界であるのか?』というちょっと人様に声を大にしては言えないレベルの問題です」
「……なんだって?」
かすれる声で彼女は反応を示した。




