第48話 問いかけと好奇心
しかしながら、その理由については好奇心を刺激される。
どうして漫画を描かなくなったのか?
彼女に問うのは簡単だ。
しかしストレートに訊いたところで素直に答える彼女でもあるまい。
そこで、僕は、できる限り僕らしいいやらしいやり方を貫くことにする。
「そうですか。意外ですね」
僕はぎしりと踏み台を降りてテープを探す。
戸棚の中に黒いビニールテープを見つけた。
十分に残量があるのですべての窓に目張りができるだろう。
踏み台を端まで移動させ、そこから順番に隙間をふさぎながらスケッチブックをテープで黙々《もくもく》と固定していく。
そして、ふと口をついたかのようにつぶやいた。
「しかし、そうなると、僕はバイスとの約束を守れないことになるのか……。実に僕らしくない未来だ。そうは思いませんか?」
彼女は僕の思惑をすばやく理解したようであった。
「ふふふ、何かを聞き出そうったって、そうはいかないよ。僕はあくまで君たちの未来を変更しにやってきたのだ。君に僕の人生の先輩としてアドバイスするつもりはないよ。余計な要素は排除しておかないとね」
「ええ、それはわかってますよ」
僕はあえて口調を変えずに続ける。
「僕の未来とあなたの過去は必ずしもイコールじゃない。もうすでに運命はわかれているわけですし。だから、あなたが経験したことは僕にとって無関係である。そうですよね?」
「無関係である可能性が高い、と言いたいね」
「しかしですね、僕であるなら当然ご存知であると思いますけれど、僕は非常に――」
「「心が狭い!!」」
いやなセリフを二人でハモってしまった。僕は思わず笑いがもれそうになって、あわててテープを大きな音を立てて引き出してごまかさなくてはならなかった。
「まあ、そういうことです。心が狭い。実に悲しいことに、これは事実なんです」
「そう思いこんでいるだけじゃないのかな?」
彼女はいつものあきれ口調で言った。
「君は自己を評して、心が狭いとか、器が小さいとか、人間より虫に近いとか、人類全体の平均偏差を一人で大幅に押し下げて申し訳がない、とかよく言うけど、そこまで卑下するほどのものでもないと同じ僕としては思うけどね」
そこまでは言っていない。
そこまで自分を踏みつけられるのならば、むしろ彼は心が広いと思われるのだがいかがであろうか?
狭い心が小さく痛んだ。
「まあ、それはともかく」
しかし、僕はそれを華麗に流してみせる。
それよりも何よりも僕には聞き出さねばならないことがあるのだ。
「僕はあなたの過去、すなわち、僕がたどるかもしれなかった未来にこそ、少なからず関心があるのです」
「ふうん」
彼女は長いまつげを伏せながら僕の発言を吟味する。
「言うなれば、保険ってこと? 可能性として何が起こるのかをあらかじめ知っていれば、イヤな出来事や不運を回避できるのかもしれないって理屈?」
「と言うよりかはむしろ、心の準備、ですかね。悲劇だろうが喜劇だろうか、いきなり来たらびっくりするじゃないですか」
「それが普通なのだよ、僕」
あからさまな僕の保身術に彼女は眉をひそめた。
どうにも僕の生き様は世間の評判が悪いのだ。
「プレゼントは開けるまで何が入っているかわからないから喜びも大きいんじゃないか」
「びっくり箱かもしれませんけどね」
ビッとテープを引き出しながら、憎まれ口を叩く僕。
彼女は、抗議の意味か、どん、とひときわ大きな音を立ててスケッチブックの端を机に叩きつけてそろえる。
「忠告しよう」
彼女は一転冷たい響きを持つ口調で僕に言う。
「《《開ける必要がないのには、十二分にワケがあるの。》》好奇心は何とかを殺すと言うけど、大いに過てり、だね。死ぬのはいつも自分だよ」
死ぬのはいつも自分、か。
僕はその彼女の言葉を心の中で繰り返す。
被害者意識に満ち満ちていて、これ以上に僕らしい言葉はないように思えた。




