第47話 感謝と問いかけ
「では、はじめましょうか」
いい加減焦れた(あきれた)僕は二人に声をかけた。
「僕は窓から明かりがもれないように目張りします。10年後の僕は作業スペースの確保のため、机の上のものを片付けてください。それと、バイス、申し訳ないんだけど、今から戻って原稿と必要な画材をかき集めてきてくれ。僕だと抜け漏れが心配なので」
「はいな! 了解!」
元気に返事をする彼女。
それを見て満足そうにバイスはうなずいてから、
「じゃ、行ってくる。なるべく急いで戻る」
とすばやく部屋を出て行った。
◆
バイスを見送ってから、彼女はにやりとしながら僕に向かって、
「おい! 僕! うまくいったな!」
と肩をぶつけながら僕と彼女が共謀したかのようなセリフを口にする。
僕はあわてて、
「いやいやいや! 僕は何もしてないですよ!!」
と全力でそれを否定する。
そうかもしれない、と思っただけで、行動に影響が出るほどの臆病者である僕にとってそれは不用意この上ないお言葉である。
彼女は例によって件のごとく、顔をしかめて首を振るなど、僕のそのような人間としての小ささを存分に嘆くそぶりを見せた後で、
「まーどっちでもいいけど、ね」
と一人納得するかのごとくつぶやいた。
それから僕らはそれぞれの作業にとりかかった。
彼女は机の上のものをとにかくどこかへ寄せること、そして僕はかなり天井際についている窓にどうにかして目張りをすることである。
僕は美術室まで戻って金属製の折りたたみ式踏み台をかつぎ出した。
それから、丁度いいサイズだったので、机に散乱しているスケッチブックを隙間なく窓の前に並べ始めた。
「あーあーそれだけじゃだめだよ! 明かりがもれないようにきっちりテープかなんかではらなきゃあ!」
彼女はスケッチブックを僕に手渡しながら、ああせいこうせいと口を動かし続けている。
一方、僕はと言うとそれに対して一切口をはさまずに黙々《もくもく》と体を動かした。
これだけ見ても、僕と彼女のメンタリティにはサルとイワシ程度の違いが見て取れよう。
しかしながら、彼女は時間軸こそ違えど僕らは同一人物だと主張しているわけだ。
誰がどう見ても納得できる話ではあるまい。
丁度いい機会でもあるのでそこらへんの話でも蒸し返してみようと、僕は口を開いた。
「ところで、僕」
「んふぉっ」
突然の僕の『僕』発言で思わぬツボをつかれたらしく彼女は妙な声を出した。
「どうしたんだい、急に、僕!だって。やーねー」
くねった上半身から察するに、どうも照れているらしかった。
僕も何故か赤面し、のどのかわきを感じた。
「ずいぶんと、うれしそうじゃないですか。バイスと漫画を描けるのが、そんなにうれしいことなんですか?」
僕は赤くなった顔を見られないように窓を見上げながら言った。
さりげなくもない、僕らしい、手ごたえを感じさせない話題の振り方である。
彼女はため息らしきものをついてから、
「あったり前じゃないか」
と言った。
「あったり前だよ! もう一度、バイスと漫画が描けるなんて! こんなにうれしいことはないよ!」
「てことは」
僕は彼女の言葉を飲み下して返す。
「10年後には、もう、バイスとは漫画を描いていないってことなんですね?」
彼女のセリフから簡単に察することができる事実である。
すなわち、10年後の彼女の時点では僕とバイスはもうすでに肩を並べて漫画を描かなくなって久しく、また再び肩を並べる可能性もゼロに等しかったのだ、という事実である。
僕は慎重に彼女の表情をうかがうと彼女は少しばかり困った顔をしていた。
「――そうだよ」
しばしあって、彼女はふっと力を抜きながら返答する。
「僕とバイスは、もう一緒に漫画を描いてはいない」
正直これを聞いても、僕は実になんとも思わなかった。
実感がわかないし、そうなる予感すらなかった。
これは予言ではなく、未来の一例に過ぎないとしか思えなかったのだ。




