第46話 解錠と感謝
扉を開いたらすぐに室内の光景が広がるかと思いきや、目に入ってきたのは、左方向へと潜っていくコンクリートでできた狭い階段であった。
目で追うと7段も降りたところで階段は終わっていた。
地下室というほどの深さは確かになさそうで、半地下と表現した彼女の言葉に間違いはなさそうであった。
「こっちかな?」
と彼女は言いながら階段を降りていく。
僕らも彼女に続く。
冷たく乾いていて様々な薬品の香りがまざった空気が次第に僕らを覆ってくる。
なるほど、部屋を少しでも地下にと作られたのは湿気と熱気対策のためかもしれない。
彼女とバイスに続いて僕も階段を降り終えて、美術室の真下に位置するその美術準備室とやらに足を踏み入れようとした。
しかし、すぐ目の前で止まってしまったバイスの背中が邪魔で完全に中には入れない。
思った以上にせまいのかもしれない、と僕が不安を覚えていると、彼女が中で電気のスイッチを入れたらしく、ちりんと小さな音がして蛍光灯がついた。
僕は首を伸ばすように部屋内をのぞきこんでみた。
壁際に戸棚が並び、その中に書類や薬品のビンが詰め込まれている。
天井際にわずかに設置された窓は地表近くにあるようで、土ぼこりで汚れており、せっかくの外明かりのほとんどが室内にまで零れ落ちてこない。
戸棚の手前には壊れたイーゼルがいくつか立てかけられていた。
おそらく修繕もできない用済みが一時的に保管されているのだろう。
部屋の中央にはさいわいにして作業に使えそうな木製の古く油の染みた机があったが、その上には授業ないし部活動で使用中と思われるキャンパスとスケッチブックが無造作に積み上げられていた。
「どうだい?」
僕らを振り返り、彼女は言った。
バイスは室内を回ってから長机の上に置かれていたスケッチブックをこつこつと指先で叩き、
「ま、なんとかならなくもないか。どうだ、タケオ?」
と僕に振ってきた。
僕が無言でこくこくとうなずくのを見てからバイスは、
「よし! では、やるだけやってみるとするか」
と普通の調子で言うと、彼女はちっちっちっと舌を鳴らしながら人差し指を振った。
眉間にアホほどしわを寄せる念の入りようである。
「らしくないねー、バイス。腰が引けてない? 申し訳ないけど、やり直してもらえる?」
と偉そうに言ってのける。
僕は驚いた顔をしたが、バイスは一瞬目を閉じて微笑してから表情を戻してスケッチブックをばんと叩き、
「やり直す時間などない。始めるぞ」
と言った。
じん、としたここちよさが脳内を駆け巡る。
僕はバイスがそう声をかけてくれるだけで充分にうれしいのだ。
これも1年近くにわたるバイスの刷り込みによるものだと思うと感動もひとしおである。
「ようし、その意気だよバイス!」
十年後の僕、こと美少女Aも僕同様にバイスの声でテンションがあがったようで、ぐんと両手を天井に突き上げながら、うれしそうに声を弾ませる。
そんな彼女を見て、バイスは少し顔を赤らめる。
どちらからともなく見つめ合う二人。
どこか遠くからチャイムの音が聞こえてくる。
例の下校をうながすチャイムである。
人の恋路を邪魔する趣味はないが今はそれどころでもなかろう。
「ところでお二人さん、それほど時間もないので、作業を始めませんか?」
と僕は声をかけた。
ハッとこちらを向くバイスと彼女。
「とりあえず、礼を言っておこうか。恩に着る」
バイスが彼女に頭を下げる。
彼女は少し驚いた表情でそれを受け止めて、
「フフフ、礼を言うのはすべて終わってから、なのだよ」
と言ってから、でも、と付け加えた。
「こんな僕がこういう形で誰かのお役にたてるなんて、こっちがお礼を言いたいくらいなのだよ」
そして、彼女はぺこりと頭を下げた。それから二人は顔を合わせてまた笑った。




