第37話 僕らの未来と思わぬ出来事
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そんなこともありながら、僕とバイスの美しくもいじましい、一つの物事に全力を傾注することが許されるすばらしき日々が過ぎていった。
バイスの計算は例によって緻密かつ繊細であって、原稿は締め切り前、無事に完成を見た。
しかし、そこから次なる問題が噴き出すことになる。
物語の定石であるとは知りながら、実に辛く厳しくやるせない気持ちに落としこんでくれることとなるのである。
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その日、件の地学準備室にてバイスは机を前にして腕組みをしていた。
何でもない光景のようでもあるが、これは彼の普段の行動からすると珍しい光景であることが僕くらいになるとわかる。
投稿作品執筆に許された時間は残りわずかであり、そのような沈思黙考スタイルを解くべく働きかけを行なうのがパートナーたる僕の役目であることはわかっていた。
しかし、残念ながら僕もまたバイスと同様の体勢をとったまま動けずにいる。
二人して無言で堂々巡りの思考を続けているという体たらくであった。
「仕方がないだろう。このまま出すしかないな」
僕は独り言めかしてつぶやいてみる。
きっかけを待っていたのか、バイスは思いのほか俊敏に反応した。
「いや、このままの状態では投稿できない!」
「だけどさ、バイス。このまま投稿したところで何か問題になる?」
「タケオの言うこともわかる。しかし、これはこちらの心持ちの問題だ。僕は少しばかりの不完全も許したくはない」
「裏をかえせば、完全な状態に持っていけたら投稿できるということ?」
「――無理だ。想定される作業量と残り時間の関係を釣り合わせる数式は存在しない」
「無理だからあきらめるのか、バイス」
「無理だからあきらめるしかないんだ、タケオ」
そして、再び膠着に陥る。
夕日が影を長く落とし、室内を橙色へと染める。
焦燥と絶望と、十年後の僕がほっかほかの肉まんを食む音だけがそこにあった。
――肉まん?
「!!」
などとエクスクラメーション的な無音を発しながら、僕とバイスは闖入者の存在を認識して大きな音を立てながらイスから同時に立ち上がった。
「おいっす」
彼女は肉まんをひょいとあげてそのようにのたまった。
へなりと足の関節を折りたたみながら僕はようやく口を開く。
「いっ……いつの間に……?」
「ん?」
もがっと再び肉まんにかぶりついてから彼女は不明瞭な発音で返事をした。
「いつの間にっ、現れたんですかっ!?」
彼女はちっちっちっと人差し指をワイパーのように振る。
いちいちジェスチャーがオヤジくさい。
「僕にとってはこれくらいは簡単なことなのだよ」
得意げにまだ湯気の立つ肉まんをかがげながら彼女はそう言った。
「むしろ今までの登場シーンが間違いであったのだよ、僕。本来的に正しい時空に正しく現れたならば、僕はこのような格好いい登場シーンをお目にかけることができたのだ!!」
彼女はそう言ってから、なっはっはと高笑いして最後の肉まんのかけらを口内へ押し込む。
まあ、このシーンが格好がいいかどうかはさておき、僕とバイスの度肝を抜くことには成功していたと言えるだろう。
「――そんなことよりもですな」
彼女は肉まんを食べ終えて、手の汚れを払いながら僕らを見やりつつ口を開いた。
「僕の時空間転移能力が確固たるものであるならば、そろそろ消力社の新人賞の締め切りではなかったかな? そんな大事な時に、何をもめてるんだ?」
この言葉に僕とバイスは思わず顔を見合わせる。
図星を刺された風情の僕らを見て彼女はにやりと笑う。
「どうやら、僕の出番のようだねっ!!」
一気にテンションを上げる彼女に、僕とバイスは先ほどとは違う困り顔を再び見合わせることになった。




