第31話 バイスのやり方とパートナー
バイスはメガネのレンズにふっと息を吹きかけてからかけ直し、作業に戻って話を続ける。
「第一に内容のほとんどは頭に入っている」
まるで見えない線で描かれた絵をトレースするかのようなハイスピードで、バイスは紙面上に再び物語を広げていく。
「たまにやるんだ。作る。一度すべて捨てる。ただ捨てるのではなく破って燃やして完全に廃棄する」
「廃棄?」
「そうだ。そうしてからもう一度、同じストーリーを描く。大筋は覚えている。小さいところもほとんどが大丈夫。しかしながら、出来上がったものは最初のものとは少しだけ違う」
さばっと紙をめくり、バイスは次のページへと進む。
僕はバイスが描いたネームに目を落とす。
確かに知っているストーリー展開のネームであり、若干の変更は見受けられるものの大意はそのままであるようだ。
「それを何度か繰り返す。そうすると、どうでもいい部分がなくなっていく。物語の見せ方が軽くなってくる」
「軽く?」
さばっと紙をめくり、バイスは次のページへと進む。
「そうだ。軽いと言うのは、受け手の負担が減るということだ。見せたいところに速やかに読み手を導くことができる――そういう意味での軽さだ」
さばっと紙をめくり、バイスは次のページへと進む。
少しずつスピードが上がっている――気がした。
「そういうわけで何も特別なことをしたわけではない。もっとも、タケオの前で派手に破ったのはいつもより少しばかり芝居がかっていたがね」
にやりと僕を見て笑うバイス。
なるほど、先ほどの行為はバイスなりのパフォーマンスであったことがわかった。
まったく、たまの茶目っ気ほど怖いものはない。
常日頃、茶目っ気は小出しにしていただくことを切に希望したい。
「手元がお留守だぞ、タケオ」
いつもの調子で僕に注意を飛ばす。
慌てたあまり筆記用具を何度か手の中で回転させてから、僕はようやく作画体勢に戻る。
そっと見ると、バイスはいつもの体勢でいつものように真剣に紙面に向かっている。
僕は彼に聞こえないようにため息をつくと、
「そう言えば彼女の件ですが」
と少しばかりの仕返しを目論む。
「バイスはああいう女子はタイプ?」
がり、などと硬いものをこするような音がバイスの手元からした。
バイスは無表情を保っていたが、顔色までコントロールはできなかったらしく、すでにつむじの辺りまで赤く染まっている。
「うちの学校中を見ても彼女なかなか偏差値高いよね」
彼女の容姿は僕の好みでもあるのだが、そこには触れずにバイスに振ってみる。
「タケオ」
バイスはかろうじて震えを抑えたような声で僕の発言の前を横断した。
「何の話だ? 手元が留守だと――」
「次は是非! 彼女の名前を訊いてみよう! いや、名前だけではなくて、彼女のことをもっと根掘り葉掘り訊いてみよう! 僕らにはその権利がある!!」
僕は正確にバイスの顔色の変化から彼の感情の状態を読み取りながら無駄話をぶつけ続ける。
「権利とはどういうことだ?」
「僕らに一定の希望を伝える以上、彼女にはある程度までの情報を僕らに開示してもらう権利がある」
「言いたいことはわかるが、回りくどい言い方だな」
バイスは手元に散らばっていた紙の端をそろえながら感想を述べた。
「つまり、どこのどいつかわからん人間の言うことは聞けないということだろう?」
「まともに素性を問い質したところで、満足するような回答が得られるとは思えないんだけれどもね」
ふむ、とバイスは手をとめて少し考えてから、
「次にいつ来るかはわからないが、質問くらいは考えておいてもよさそうだな」
と誰とはなしにつぶやくので、僕もゆっくりうなずいて肯定の意を示しながら、さあてもう少しバイスの困る表情でも楽しもうかと口を開こうとしたとたん、目の前にずいと紙の束が突き出された。
「完成ネームだ。さ、タケオ、読んで感想を聞かせてくれ!」
バイスが差し出してきたそれはどうやら先ほどからハイペースで書き進められていたネームのようである。
いくらほとんど完成していたとは言え、このわずかの時間に再構築されてしまうと驚きを禁じえない。
飲まれた僕はバイスへの追撃を忘れて無言でそれを受け取ってしまった。
「例によって忌憚のない意見を頼むよ、パートナーとして」
と言いながら、にこり、とバイスは笑った。




