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第30話 紙の束とバイスのやり方

 曖昧模糊(あいまいもこ)とした僕の嘆息まじりの気分とは裏腹に、バイスはすでにすっぱりと気分を入れ替え、HBの鉛筆を紙上に走らせて新たな物語の創造へと歩みを進めている。

 あれほど大言壮語をぶちあげながら、結局投稿先を変更してしまったことに対する気後れはみじんも感じられない。

 僕も彼に習い、物語の序段構成箇所に意識を集中する構えをしながら、僕はバイスと彼女のことを考えていた。

 彼女が何者であるのか。

 正確に言うならば、果たして本当に10年後の僕であるのか。

 そんな人類の科学史等に照らしても非常に重大な問題について、僕もバイスもほったらかしで、それどころではない話ばかりで紛糾してしまったのだ。

 さらに言えば、それによって人類の科学史がどうなろうと知ったことではない。

 実はどうでもよいことなのだ。

 それよりも喫緊の問題は、先ほど大胆に表明されたバイスの恋心をどのように処理するのか正しいのかという点、そして、これから稼動して果たして2ヶ月と半分ほどで締め切りまでに漫画投稿作品完成にこぎつけられるのかという点に絞られている。

 もちろん、仮に彼女が10年後の僕であったとしても、その恋心を否定ないし拒絶する権利は、今現在の僕にはない。

 ――ないような気もするのだが、反面どうにも処理できないわだかまりにも似た感情が生まれるのも事実だった。

 同じような体験をされた方ならばご理解いただけるのかもしれない。

 それに加えて、バイスが先ほど行った廃棄行動も大きな不安要素となってしまっているのだ。

 あれほどの作業をこの段階で捨て去ってしまうなど、正気の沙汰ではない。

 バイスがやけになってしまったのか、それとも内心僕に怒っているのか。

 その理由を考え始めると作業になど身が入るわけがないのだ。

 シャープペンシルを握り、何かを描かねばと焦りを感じるも、片やそういった煩悶に心を奪われて、僕は左右からぎりぎりと引っ張られているような気持ちになる。

 非常なストレスに耐えきれず僕は口を開いた。

「ねえ、バイス」

「なんだ」

 顔も上げずにバイスは返事をした。

 それに臆した僕は、例によって遠回りする道を選ぶことにした。

「消力社に投稿先を変更するなら投稿作品のストーリーなんかもそちら向けに変更するべきなのかな?」

「ん――そうだな」

 バイスは鉛筆を紙からわずかに上げた。

「それほど大きく変更させる必要はないだろう。どちらにしろ、僕らに使える武器は多くないからな。投稿先ごとに内容を変更させるような器用さは持ち合わせていないし、仮に持っていたとしてもそれが有効であるとも思えない。受け手に満足してもらうことを目的にするならばそれらの差異は実に瑣末だ」

「なら、その、さっきみたいにネームを捨てちゃうこともなかったんじゃないの?」

 僕は未だ床面をおおうバイスの努力の痕跡であった紙片に目を落としながら、バイスに問うと、

「あれはな」

 と言いながら彼は顔を上げて、ちゃっとメガネをはずして僕と目を合わせた。

「私なりのやり方だ」

「やり方、スか」

「そうだ」

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