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第28話 消失と恋心

 バイスはふう、とため息めいたものをつくと緩慢かんまんな動作で僕の向かい側――つい先ほどまで彼女が占めていた席に腰を下ろした。

 珍しく疲れた表情をしており、しばし時間が経ってもバイスは言葉を発しない。

 進むにしろ、戻るにしろ、すべてをなかったことにするにしろ、僕とバイスの間に合意を形成する必要性を感じた僕は、5分間ほど様子を見たあげくにつとめて明るく、

「投稿先、どうしたもんだろうね!」

と声をかけてみる。

 ん、と言葉を飲む音がして、バイスは息を吐きながら姿勢を正した。

「そうだな」

と言ったきり、再びバイスは黙ってしまう。

 これは相当彼女にエネルギーを使わされたらしい。

 いや、それよりも先ほどの僕の裏切り発言の衝撃が大きかったのかもしれない。

 僕としては裏切ったつもりなどないのだが、結論結果的にバイスの説明の裏付けを勝手に打ち崩したわけで、それついてはどのように彼に受け取られても文句はなかった。

 この沈黙の末に、

「あんたとはやっとられんわ」

といったような決別の言葉をバイスに投げつけられたとしてもおかしくはない状況であることに、僕はようやくに思い至った。

 バイスは身じろぎもせず、机の表面に目を落としている。

 何か言葉をかけたほうがいいことは間違いなかったが、なんと声をかければいいのか見当もつかない。

「タケオ」

 僕が一人で冷や汗をかきながら逡巡を7周ほど巡らせたところでバイスの方が口を開いた。

 叫び声をあげそうになって、ようやくのところで踏みとどまった。

「あの子は、本当に、君の仕込みとかではないんだよな?」

 おそらく念のための確認をするバイスに、僕は無言で肯定の意を示す。

「じゃあ、名前も年齢も何もかも彼女のことは知らないわけだな?」

「きっとそのうちのどれを聞かれても同じ返答をすると思うよ」

 すなわち――『わからない』だ。

 ふむ、とバイスはうなずいた。

「彼女、また来ると思うか?」

「少なくとも、今のところ予告どおり来ているわけだし、可能性はあるかと……」

 もっとも、本当に僕であるならば都合のよい理由をでっちあげてとんずらする可能性もまた十分にあるだろう。

 僕がそのようなことを告げると、バイスは返事がわりにふうとため息をついた。

 この辺りで、どうも彼の様子がおかしいことに気がついた。

 僕としては、投稿先の話を進めねばならないはずが、バイスときたら彼女のことしか話題に上げてこない。

 確かにほぼ平行線の問答の末、彼女の妙なテンションに巻き込まれてそれがこじれまくってしまった。

 その挙句に、僕の裏切りによって最後には精神的に揺さぶられまでしたのだ。

 バイスの興味関心のウェイトが彼女に大きく置かれても、もちろん不思議はない。

 ないのだが、それにしてもあのバイスが何より漫画のことを差し置いて、ここまで彼女にこだわることに疑問を感じた僕は恐る恐る、

「そんなに彼女のことばかり訊くなんてひょっとして彼女のことが気になるのか?」

と言うと、バイスは、

「そんなわけないだろ!」

とやや強めの口調で言い返した。

 が、次の瞬間、ふっと体の力を抜き、

「というようなセリフを、漫画の主人公になら言わせるのだろうな。顔を赤くして、必死な表情で」

と言ってからがたりと立ち上がる。

 それから、もう一度彼女が消えた扉の前まで歩み寄る。

 右手の手のひらで扉に触れた。

「そうだな。気になったというか、何者なのか、聞き出さないとな。うん。私が気になったのは、本当にそこだけだ」

 と言いながら、先ほどの自分のセリフどおり、いや、むしろそれ以上に首元まで赤く染まりながらバイスは言った。なるほど、と僕は冷や汗で気持ちをクールに保ちながら、冷静に状況を把握する。

 つまり、バイスは、10年後の僕を好きになってしまったらしい。

 いくら愚鈍な僕でも、そんなことは容易に察せられてしまった。

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