第25話 拒絶と決意
「ええ~そんなぁ~」
彼女は両手で頭を抱えて泣きそうな声でそう言った。
「変更しないと大変なことになるんだ。僕は知っているんだあ!」
「大変なことって、何がそんなに大変なんだ?」
バイスは即座に聞き返す。
とにかくリターンが早い。
昨日の僕と違って、バイスはちょっとくらい相手がかわいいからと言って容赦はしない。
「僕らにとってはこの選択は重大なものだが、他人が見れば瑣末な物にすぎないことも知っている。君が言う『大変なこと』がこの選択だけでもたらされるとは到底思えない」
バイスは彼女の発言内容を打ち破ってみせた。
確かにそのとおりで、第2作目をどこに投稿したところで僕らの人生にそれほど『大変なこと』が起こるほどに大きく影響を及ぼすことは考えにくい。
例えば選択をミスして投稿作が落選したところで、第3作、第4作とさらに創作をし続けることには変わりはないのだから。
――と、バイスはそう考えているだろうというだけの話で僕にはそこまでの根性は持ち合わせていないので注意してほしい。
「それに、だ」
バイスは攻撃の手を緩めない。
と言っても、バイス自身は自らの弁説を攻撃とも思っていないだろう。
彼の矢継ぎ早の反論を僕が勝手に攻撃的であるととらえているだけである。
「もし仮に万が一、君の危惧する『大変なこと』が実際に起ころうとも僕らの選択の結果であるならば、それはすべて2人で引き受ける」
バイスの明確な発言内容を聞き、僕は昨日および先ほどまでの自分のうろたえきったお粗末な対応に羞恥を覚えた。
ここまで言われては、そりゃそうだ的な発言をもって会話を終えるよりあるまい、と思いながら彼女をちらと見やる。
彼女はいつの間にか少しだけひんやりとしたオーラをまとっていた。
バイスの顔を表情を浮かべずにただじっと見つめている。
「――それは、たとえ」
彼女が冷たい声で言葉を紡ぐ。
「命を失うことになっても、かい?」
それまでの軽い調子から一転、シリアスな雰囲気で彼女は言葉を吐いた。
しかし、バイスは躊躇なく、
「命を失うことになっても、だ」
と不穏当極まりないその発言すらも正面から受け止めた。
バイスにとって、商業的漫画家になるというのは単なる夢や希望ではない。
人生を懸けた戦いなのだ。
問われれば、死も厭わないと答えるのは当然と言えた。
しかし、これだけの覚悟を聞いても彼女の言葉は止まらなかった。
「なら」
彼女はひるまずに声を震わせる。
「人を殺すことになってもかい?」
さすがのバイスも、その発言の意図を図りかねて黙った。
彼女と目を合わさないように下を向いていた僕も思わず顔を上げてしまう。
「人を――殺す?」
バイスの声にわずかに恐れがにじんだ。
人を殺すことへの恐れだけではなく、そんなことを言い出した彼女の不気味さへの恐れもあるだろう。
彼女は目に涙をためながらバイスをしっかと見すえていた。
「そうだよ。バイス。君の、いや僕らの選択が、何の罪もない人を殺すことになっても、君はそちらを選ぶのか?」
彼女は震えた声でそう告げる。
放たれた言葉をバイスは一度瞑目し、飲み込んだ。
そして、
「たとえ」
とバイスは、ゆっくりとつぶやくように返答する。
「そうだとしても――だ」
確固たる決意など、人生においては道の上に落ちて行く手をはばむ岩にすぎないと心から思う僕でさえこの発言には感銘を受けた。
自己を貫き通す際に、他者の生命などについては考慮には入れるものの必ずしもそれを保障するものではない、ということを明言しているわけだ。
このような心根について、どのような評価が適当かは意見の分かれるところではあろうがバイス本人はその議論についてすら無関心であろう。
張り詰めた空気に僕の精神が限界を迎える寸前。
彼女はふふっと笑い、
「なるほど、実に、実にバイスらしい。いい答えだよ。実にいい――」
などと諦めのついたようなことを優しい口調で言う。
いつの間にか潤んだ瞳は消え、いつもの嬉しそうな踊る瞳が戻ってきていた。




