第24話 初対面と拒絶
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「ひょっとして! バイス! バイスか!」
僕を明後日の方向に放り投げ、彼女はバイスに向き直った。
「タケオ。こちらはどなただ?」
同年代男子の平均よりもやや低い身長のバイスは、自分より少しだけ背の高い女に唐突に詰め寄られて動揺しながら僕に質問してきた。
当然適切なコメントをするべきだったが、僕は僕で自分が生きていることを確認するのに時間をとられ、未だ地べたにはいつくばったまま動けずにいたのだからしようがない。
霊能力者が見たら、ほぼ間違いなく悪霊の関与を疑うレベルの手形が僕の喉元に残っていた。
しかし、問うたバイスも質問の答えを予期していたらしく、涙目で蘇生活動にいそしむ僕からの返答を諦めてから、自身を抱きすくめる相手に向かって、
「そうか、君が例の――」
と確信を込めて言うと、彼女も、
「そうだ! バイス。10年後からやってきたよ!」
と、息を弾ませて応えた。
それに対して、バイスが困惑したのが僕からも見て取れた。
まあ、無理もあるまい、と僕はようやく呼吸を再開しながら思った。
彼女の言をすんなりと受け入れられるなら、それこそ問題だ。
しかし、彼女はそのようなバイスの感情に構わず、両手でバイスの右手をつかみ、ぶんぶんと上下に振り回す。
「いやーそうか! ようやく会えたなー!」
昨日の道端での僕との邂逅よりも彼女のテンションは明らかに高い。
バイスの手を握り締めたまま、顔を天井に向けてくるくると回りだすと、自然バイスも彼女と踊る羽目になる。
数回転は律儀に彼女に付き合ってあげたバイスだったが、いい加減のところでぐっと力を入れて踏みとどまり、不格好な舞踏会を強制終了させる。
「そろそろ腰を落ち着けてみようか」
と彼女に語りかける。すると彼女も満面の笑みで、
「そうしよう! 僕に与えられた時間はそんなに多くないんだ」
と返答する。
そうしようもへったくれもないと思いながら僕は立ち上がる。
そもそもそれほどに時間がないと言うならば、人を殺しかけたり踊りまわったりなどせずにとっとと本題に入ればよいのだ。
僕は自分のことを棚に上げて思った。
◆
再びイスに腰掛けてニコニコと僕らを均等に見やる彼女を前にして、僕とバイスは不安な表情を張り付けたお互いの顔をちらと見合わせてから彼女の正面側に腰を下ろした。
「話はタケオから大体を聞いている」
バイスは彼女に対して優しく話しかけた。
「僕らの漫画の投稿先のことでご提案があったようだが」
「そこなのですよ」
彼女はわざとらしく腕組みなどしながら難しそうな顔を作った。
「実際、僕の目的的な部分はそこだけなの。とにかく悪いことは言わないし何ならだまされたとでも思って、いや、ここはむしろこの僕を助ける! くらいの慈悲をもって投稿先を消力社に変更してくれない?」
彼女は明るくそう要求してから、パンと両手を合わせて僕らを拝み、下からバイスを仰ぎ見がてらウインクと同時にチロリと舌の先を口の端から出してみせた。
一切の所作によどみというものがなく、『その道のプロによる、男子が断りづらい頼み方』をほぼ完ぺきなしぐさとタイミングでやってのけたのだ。
――この女、相当にできる。
僕は静かに戦慄した。
しかし、バイスは動じなかった。
「それはできない」
無碍と断言してしまうことがむしろ無碍なのではないかと錯覚するくらいの即断であった。
本来的に動じないことには定評がある男なのだ。
「甚大社に投稿することは、タケオと二人で話し合って決めたことだ。君が何者であれ、また何と言われようともこの決定が覆ることはない」
さすがはバイスである。
あっさりと、しかし確実に彼女の要望を打ち砕く。
一切の遅滞というものがなかった。
僕は静かに戦慄した。
相変わらず敵に回したくない男である。




