第20話 回想終了と香り
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約束を守る、というのは非常に大切なことだと思う。
自分が彼女の立場であるならば、もし僕が裏切ったりしたら大いなる失望や絶望を抱くだろう。
そういったことは避けたい、というか、避けるのが当然であって、それを裏切るようなことは、ただ考えているだけでも人としていかがなものかと糾弾されかねない鬼畜の所業である、ということを疑うつもりはない。
しかしながら、今回のようなシチュエーションの場合はどうだろうか。
もちろん、初めからそんな気持ちもないのに色よい返答などでその場を誤魔化した、僕の心の弱さにこそ問題があるのだというご指摘に逆らうつもりは毛頭ない。
幸いにして、実際の作品作りに関しては、軌道修正などもまだまだ容易ではあると思われるのだが、問題はそのようなことではなく、彼女にも言い訳した『気持ち』の部分にあることは間違いがない。
僕の訂正発言でバイスはどのような反応をするであろうか、想像するだに十二指腸に鈍い痛みが走った。
そこですかさず、僕は自分のために逃げ道を見出した。
それは、
「果たして、応募先の変更が僕と彼女の未来にとって本当によいことなのだろうか?」
という疑問である。
彼女は10年後の僕を騙るオレオレ詐欺的な手法を用いて、本来であれば受賞から一気にスターダムにのし上がり、日本津々浦々のみならず欧米諸国のクールガイたちをも歓喜させるような漫画作品を創り上げるという輝かしい僕とバイスの未来を大幅に狂わせてしまおうという陰謀の可能性も払拭できない。
というよりも、むしろその可能性のほうが高いわけで、僕が積極的に取るべき対策としては、ひたすら無視、もしくは、野良犬にでも出会ったと思って忘却する、などが適切なのではなかろうか。
せいぜい譲歩して、明日の放課後、バイスにこの出来事を話して応募作のネタの一つにでもならないかと持ちかけるくらいであろう。
そう決めたところで、人心地ついた僕は手にした冷え切ったあんまんを今更ながらかじってやろうと口元に近づけた。
ふとあんまんの包み紙から花のような香りがするのに気が付いた。
どこかでかいだような香りの記憶をたどるのに、それほど時間はかからなかった。
というか、普通の人なら出会った瞬間に気付くだろう。
僕がかつて衝突した地縛霊だ。
彼女は、あの地縛霊と同じ香りがした。




