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第18話 すり合わせと決断

 同じ将棋の例えを引くならば千日手の様相を呈してきたところで僕は譲歩の提案をしてみた。

「バイスがそう言うなら僕はどっちでも!」

 元々これはバイスが主人公の物語だ。

 僕は脇役どころか端役どころか、舞台に間違って登った酔っ払いの役どころだ。

 そんな人間が脚本に口を出し芝居の筋を変えてしまっては、その責任など取りようもない。

 僕だって意見の表明などは求められればいくらでもするが、それで筋書きをひょいひょいと変えられてはたまらないのだ。

 ここは僕の器の狭さをいかんなく発揮して、是が非でも僕の意見を却下せしめ、バイス案を積極的に推さねばなるまい。

 ここが心棒である、と僕が密やかな決意を固めたのだが、

「いや、それではだめだ」

と彼はかぶりを振る。

「僕らの間に意見の相違があるならば徹底的に話し合いたいのだ」

 僕ならば、「そっすか」の一言で済ませて帰宅し、餅などを食すくらいの気軽さで相手の意見を鵜呑みにしてしまうのだが、さすがはバイス、実直を一刀彫したような男である。

 唯々諾々《いいだくだく》という単語は彼の辞書には載っていないだろう。

「タケオが甚大社と言うならばそれなりの公算があるのだろう。タケオ自身も形にできていない公算がきっとある。それを考察しておかなくては!」

と甚大社の雑誌を手にして、さわさわとめくり始めた。

 1ページごとではなく、数ページが同時に左から右へと流れていく。

 ページやコマを精査しているのではなく、もっと全体的なところから僕がその雑誌を選んだ意図を汲み取ろうとしているように見えた。

 実際、そんなものはどこを探してもないし、あったとしてもどこかへ消えてしまったのだが、しかし、バイスは手を止めようとはしなかった。

「逆の考え方か。違うものを求めるということもあり得るか」

 手を止めずに、バイスはふとつぶやいた。

「今までにないものを求める。新人に今の連載陣と同じものを求める場合とそうではない場合、か」

 バイスが何やら勝手にすばやく答えに近づいているらしいことが、その小さなつぶやきから読み取れた。

 その手はいつの間にか止まり、真ん中あたりに掲載されている件のドグサレ野球漫画の最大の見せ場と思われる見開きシーン、すなわち、

『主人公である8番ピッチャーの稲妻五郎いなづまごろうがどういうわけか血まみれの右腕で渾身の一投を好敵手ライバルに向けて「くたばるんじゃい、この下駄野郎!」的な捨てゼリフと共に放つところ』

が丸見えとなっていた。

 同作品を単行本で読みつないでいた僕としてはできることなら単行本のほうでじっくり堪能したかったシーンであった。

 目に入ってしまったそのシーンをどう処理しようかと悩んでいると、その間にもさらにバイスはするすると活魚が川を上るがごとく自説を曲げていった。

「僕らが描く作品がどのような取り扱われ方をしていくのか。継承か、革新か、それとも」

 言葉を飲み込んで上を見上げて再び思考に沈むバイス。

 僕は左手の親指の先端を噛みながら非常に緊迫して事態の行方を見つめるだけしかできない。

 このままでは僕の意見が通ってしまう。

 通らせてたまるかという一心で、

「別に公算とかないけどねっ!」

と本当のところを繰り返し述べてみたのだが、バイスは今さら僕の言葉などには一切反応してくれなかった。

「戦略として考えたならば」

 バイスは僕に向けて僕の言葉をまったく受けずに話を続ける。

「あえて飛び込むというのもなくはない。と言うよりも、むしろ、新人という立場ならば、そうあるべきではなかろうか? 挑戦するという、姿勢をどうとらえるのかという問題だ。チャレンジャー然としすぎた第1作の時とはまた違う、その雑誌が今のラインナップにない傾向の作品を求めていて、それが我々の最も得意とする分野と合致したならば、その時にこそ雑誌で一番におもしろい作品を描くという挑戦ができるのだ。ならば、もはや考えるまでもない」

 パンと雑誌は閉じられ、何やら晴れやかな顔をしたバイスがこちらを見ていた。

 なんちゅう晴れやかな顔をするんじゃいこの快男児は!と僕が思うより速くバイスは、

「よし! 投稿先は甚大社にしよう!」

などと高らかに宣言してしまったのである。

 一種、神々しさまで感じさせるほど表情を澄み渡らせて、彼は明らかに不退転の決意をたたえた面持ちでぶちあげやがったのである。

 僕は、

「えっ!」

などと短いが確かに聞こえる声でその驚嘆すべき発言内容へのリアクションを試みるが、どうもうまくいった気がしない。

 何度か、えっ、えっ、と雌鳥めんどりのように繰り返してみたものの、自分が雌鳥になったような気分が得られただけであった。

 雑誌を作る側の皆様は特定ジャンル、特定カテゴリーの作品の投稿などは求めていない。ただ単におもしろく、そのうえで商売的にもよいコンテンツを求めているのだ、などということはバイスも承知である。

 承知のうえでバイスは投稿先の選択を『挑戦』でからめとって、結果的に大胆に変更してしまったのであった。

 もちろん彼も納得づくである。

 仮にその『挑戦』が失敗に終わったとしてもバイスがその選択肢を先に挙げた僕を責めはしないだろう。

 しかし、それでも僕が不安を禁じ得なかったのは、自分の小さな一押しがきっかけで大げさに言えば『運命』のようなものが変わってしまったのではないか、という懸念があったからだ。

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