対抗戦・激戦
瓦礫をどかして立ち上がった炎輪は横田の所へ走り出す。
『図体がでかいとその分パワーも凄い、民家三、四軒はぶち抜いた......』
目の前に横田が現れる。炎輪の首に刃が迫る。
『こいつ、スピードも......!』
上体を思い切りのけ反らせて地面に手をつき、渾身の力で戦斧を蹴り上げる。蹴られた勢いで横田の体が浮かび上がる。
『筋肉質とは言えないこの体で俺が浮くほどの蹴りを.......それにこの反応速度』
横田が浮いた勢いで後ろに宙返りする。しばしのにらみ合いの後、横田が口を開く。
「選別で上ノ八を単独討伐したのはお前だな」
「やっぱり噂になってるんだ」
炎輪が肩をすくめる。
「そうよ、それが何?」
「俺も先の任務で上ノ五を単独で討伐してな」
横田が戦斧の切っ先を炎輪に向ける。光に照らされた戦斧が輝く。
「俺とお前はライバルだ、ともに高めあおう!」
「勝手にライバル認定すんな!」
炎輪がすぐに拒否する。横田が怪訝そうな顔をして尋ねる。
「何故だ、ライバルという存在は重要だ.......」
「あいにく、私にはもうライバルいるから」
「なんだ、とっくにライバル認定してくれてたのか」
横田が戦斧を担いで納得した風に頷く。
「オメーじゃねーよ!」
怪狩隊本部の映写室で対抗戦の様子を観戦している二人の三つ柱がいる。白黒のメイド服に身を包んだ邪馬取紀代奈と普通の格好の炎遠理炎が会話を交わしていた。
「つまんない」
「まあ、第一訓練校側が四人ですから。チーム戦だともっとつまらなかったかもしれませんよ」
文句を垂れる耶馬取を炎遠理がなだめるように言う。
「それ以前に隊員の質が低すぎる。筋の良い新入隊員はほんの少し。第一訓練校は雷の子が良い動きをしてる」
「ほかの子は?」
「軍人二人は使い物にならない。特に元帥のとこのボンボン、絶対軍から招集かかって引き抜かれるから。パイロットの方も恐らく。軍と怪狩りの活動を両立できるわけねーのよ、退役しろよ」
耶馬取がいらいらしながらまくしたてる。その様子を見た炎遠理が苦笑いする。
『メイド喫茶で働いてるあんたが言える事か』
「んで、あんたのイチオシの隊員だけど」
耶馬取が画面を炎輪と横山の所へ切り替える。二人の激しい闘いが画面にでかでかと映し出される。
「炎輪だっけ」
耶馬取と炎遠理が彼女の戦いぶりをしばし眺める。
「言ってた例の任務、こいつを連れていく話は保留にする」
耶馬取が炎遠理の方を向く。
「植物園、でしたっけ」
「そ、ここ最近来園者が行方不明になる事件が多発してる。調査に向かった隊員数名も消息を絶った」
「まあ、それ自体は良くあることですよ。それで二つ柱が派遣されて解決って流れじゃないですか」
炎遠理が首をかしげる。
「わざわざ三つ柱が出向くんですね」
「そりゃ消息を絶った隊員は二つ柱だ。私の部下を三人送ったがすぐに連絡が途絶えた」
その言葉に炎遠理の表情が固まる。
「上位の怪使いが潜んでいるのでしょうか」
「私が鍛えた二つ柱が三人いれば上ノ四ぐらいなら勝てる。敵は上ノ三、二、一のどれかかもね」
耶馬取が深く息を吐く。
「上ノ四と上ノ三の強さは隔絶していると水火さんから聞いた。私も生きて戻ってこれないかも」
「耶馬取さんでも?」
「......」
耶馬取は何も言わない。沈黙が部屋を満たす。
炎輪と横田の技の応酬は激しさを増していた。
「水下・雨突!」
「律戒・速突!」
高速で繰り出される突き技がぶつかる衝撃波は民家のガラスを割り、壁にひびを入れる。
『実力はほぼ互角、このままじゃ埒が明かない......!』
炎輪が突きを繰り出しながら隙を探る。
『あいつの技の隙を見極めろ......!じゃなきゃ押し切られる!』
「どうした、突くしか能がないのか?」
横田が炎輪を煽る。
「それはこっちのセリフなんですけど!突きばっかやってないで命取りに来いよ、臆病者」
炎輪も負けじと煽り返す。横田が笑みを浮かべる。
「じゃあ望み通り!」
横田が戦斧を思いっ切り振りぬく。暴風が吹き荒れ、炎輪を吹き飛ばす。
『相変わらずの馬鹿力、これを一瞬でも上回るには』
空中で体勢を整えると、地面に着地すると同時に技を繰り出した。炎輪が使う『水之意』で最も強力な技。
「水下・流觴曲水!」
滑らかな水の幻影が横田に延びていく。横田が戦斧を振るって攻撃をはじく。
「なかなかの威力だが」
水の幻影が力強さを増して再び向かってくる。横田が思案を巡らせる。
『幻影が大きくなった......後二発ほどくらって技の概要を理解する』
水の幻影を横田の戦斧が一閃するが、水の幻影は優美な曲線でそれを避け、横田の横をすり抜けていく。
『速度が飛躍的に向上している、継続的に放つことで速度、威力が累積されていく技か。狭い場所での方向転換で発生する遠心力すらも威力向上に一役買っているのだろう』
横田が真っ直ぐに走り出す。
『移動を直線に誘導し技の威力を落とす』
炎輪もすぐに追従する。地面を走る横田に民家の屋根を疾走する炎輪が声を掛ける。
「作戦を逃げにシフトしたの?......なんか言ってよ!」
『軽口そうなあいつが喋らなくなった。有効打かどうかは分からないけど、余裕はなくなってるみたい。このまま押し切る!』
再び水の幻影が横田に襲い掛かる。横田も戦斧を振るい応戦する。高速移動の最中で行われる激しい斬りあいが火花を散らす。住宅地が壊滅していくほどの衝撃、その規模の大きさは鳴村のいる所からも確認出来た。
「水の幻影、千花か......あいつ何と戦ってんだ?」
「鳴村君!」
向こうから出久が駆け寄ってくる。すぐ後ろに朔谷もいる。
「お前ら、やられてなかったんだな」
「やられるわけないだろ」
朔谷が不機嫌そうに言い放つ。どうやら暴れ足りなかったようだ。
「あれ、千花でしょ?」
朔谷が上からの降り注ぐ氷の矢を弾きながら尋ねる。
「多分、何と戦ってんだって感じだけど」
鳴村が遠くの方で上がる土煙を見て肩をすくめる。
「やっぱり炎輪さんか」
出久も納得したように頷く。
「第二訓練校にもやべぇ奴がいるんだろうな。それよりも、上にいる弓使いを何とかしないとな」
鳴村が上を見上げる。
「君の速さなら到達できそうだけど」
「行けたとしても、そのまま飛び上がってもいい的だ」
鳴村が考え込む。すると朔谷が呆れたように指摘する。
「別に一回で上に行く必要ないだろ、ビル群を何回か経由して上まで行けばいいんじゃ......」
「それだ!」
鳴村がパッと笑顔を見せる。また氷の矢が鳴村に向かって降り注ぐ。それを出久と朔谷が弾いて鳴村を守る。
「速くいけ!」
朔谷が怒鳴ると同時に一瞬の雷光と共に鳴村がビルを駆け上る。
屋上から地表を観察していた弓使いの女が不敵な笑みを浮かべる。
『こっちに上がってきた!そのまま来い、減速したところを撃ちぬいてあげる』
弓に冷気を集束させる。だが彼女の思惑とは裏腹に、雷光はビル群を駆け巡りながらこちらに近づいていた。
「ちょ、狙いが定まらないんだけど!」
焦りが思わず声に出てしまう。稲妻が八連閃き、向かいのビルの壁に鳴村の姿が現れる。彼から放たれる稲妻によって女の髪が逆立つ。手足が痺れ、上手く弓を弾くことが出来ない。
『いつの間にあんなところに.......!』
「高雷仁迅・八連雷脚」
鳴村の居合切りが女の首をはねる。弩級の雷鳴が鳴り響く。鳴村が屋上に倒れこむ。酷使した両脚がビリビリと痺れていうことを聞かない。
「ハア、ハア、何とか行けた.......」
「うるさっ」
地上で朔谷が耳を抑えてしかめ面をする。出久も満面の笑みで上空を見上げる。
「おお、行けた!」
映像を視聴していた耶馬取と炎遠理も鳴村の新技に驚きを隠せない。
「は?速すぎだろ。ビルの間跳んであの速度?脚の筋肉どうなってんの?」
耶馬取が若干うろたえながら言葉を漏らす。炎遠理も感心するように頷く。
「ずいぶん成長したなあ、彼も。出久くんと朔谷ちゃんも連携がばっちりだったし、彼ら、すぐに二つ柱まで行けちゃったりするんじゃないですか?」
「ま、経験次第ってとこでしょ。んで、炎輪と横田の戦闘は.......まだ終わってないか」
耶馬取と炎遠理が画面を切り替える。
「そろそろ佳境に差し掛かるころか」