決着
おれは素早く目だけを動かしてハルカを確認した。そして、何も持っていない筈のハルカの左手には。
もう一つの短木刀が握られていた。
それがおれの首元目掛けて迫ってくる。おれは木刀を強く握りしめて振り下ろそうとしたが、駄目だ、これでは間に合わない。
じゃあどうする?どうすれば?あの時、おれはどうした——。
刹那、身体が反射的に動いた。迫り来る短木刀を視野に入れながら、身体を思い切り反る。鼻の先ぎりぎりを、短木刀が通り過ぎていった。
と、それに合わせて、おれは左脚に大きく力を加えた。地面に足が食い込む感覚。その後、右脚を前方に繰り出す。
蹴りがくるとは思わなかったのか、ハルカの左脇におれの右脚がめり込んだ。ぐっと手ごたえを感じる。
これなら、いける。このまま蹴り上げてふっ飛ばした後、ハルカの態勢を崩した状態に木刀を入れれば、彼女は成す術がない。
態勢を整えるのが早いのは攻撃を加えたこちらが先だ。この勝負、もらった。
しかし、いくら右脚に力を込めても、ハルカは吹き飛ばない。
なぜだ?おかしい。むしろ、脚が重い。どうなっている?
いや。
おれはハルカを見た。赤い瞳が視界に映った。
目が、燃えるように輝いていた。
ハルカは蹴り上げたおれの右脚を、左脇に抱えて挟んでいた。顔を歪めながらも、身体の柔らかさを利用して、蹴りの威力を減殺している。
そして、ハルカの両脚が地面から離れたかと思った瞬間。
ハルカがおれの身体に巻き付くようにして、這い上がってきた。それはさながら、獲物を捕らえる蛇のようだった。
おれは頭の片隅で思い出した。
そうだった。ハルカは体術も得意だったんだ——。
「…いっ、いででででででででででっ!?」
気付いた時には、ハルカに左腕の関節をキメられて、地面に仰向けで寝転がっていた。てか、痛い痛い。腕折れちゃうって。
「ぎ、ギブギブ!降参降参!!参りました!!」
おれが叫ぶと、ふっとキメられていた左腕の痛みが治まった。どうやら、放してくれたようだった。
「ふっ。わ、私の、勝ち、みたいね…!」
隣で、息の荒いハルカの声が聞こえた。顔を見る余裕はなかったけれど、すごく嬉しそうな声音だ。
「っはぁぁぁあああ」
おれは寝転がったまま、息を全て吐き、地面の冷たさを全身で味わった。
暫くの間は、二人とも息を整える時間に費やした。
火照った身体から体温が地面へと吸い取られていく。耳元で激しく脈打っていた心臓の音が徐々に鳴りを潜め、続いて倦怠感が身体を襲った。
少ししか動いていないのに、もう疲れてしまった。まだまだだな、と思いながらも仰向けの状態のまま真っ青な空を眺めると、もうこのまま動かなくてもいいんじゃないかと思えてきた。
「…ねぇ」
隣でハルカの声が響いた。首を動かして声のした方を見ると、ハルカも同じような格好で空を仰いでいる。
「…何?」
「あんたさ」
「うん」
「今の、本気出してた?」
おれはもう一度ハルカを見た。視線は空に移したまま、動こうとしない。そこからは、何も表情が窺えない。
何を言いたいのだろう?
分からなかったけれど、おれは考えた。本気を出していたか。出していたような気もするし、出せていなかった気もする。
化物や、ネイビーと戦った時のあの感覚。身体の指先まで、いや、剣先にまで自分の神経が澄み渡ったような、自分の身体が本当の自分の身体になったような感覚。あれを自分の全力とみなすならば、手合わせは本気を出せていない。
でも、あれは自分の意識でコントロールできるものじゃないし、あそこまで到達していなくても、今できることは全力でやったはずだ。だから、たぶん。
「…本気出した、つもりだよ」
おれは一言呟いた。
「…ふぅん」
ハルカは良いのか悪いのか、判断つかない返事をした。結局、何だったんだ。今の質問。
まあいい。それよりも。
「ハルカ、二本木刀持ってたんだな…」
おれはさっきの手合わせを思い出していた。
「…何よ、ズルだって言いたいの?」
「いや、そういうわけじゃなくて…。<暗殺者>の<技術>に、そういうのがあるの?」
ハルカは一瞬考える素振りを見せて、口を開いた。
「そうね、基本<暗殺者>は武器を隠し持っているものだけど、そもそも私は二刀使いなの。だから、それをカモフラージュに戦うのと、決め手に二刀を使うのは、私の十八番なんだ」
「そうか…」
あの時。ネイビーがやっていたことを思い出さなければ、ハルカの二刀目を確実に受けていた。あの動きは、ネイビーそのものに見えたのだ。だから対処できたのだが。
ハルカとネイビーの動きが似ていたのはなぜだろう。もしかして、ネイビーも同じ<暗殺者>なのか。単に、似ていただけ?
おれは頭の中で何かがかちりと嵌りかけたけれど、結局それを言葉にすることはできなかった。




