手合わせ
ハルカの手には、おれが受け取った木刀の半分以下の長さの短木刀が握られていた。
そうか、ハルカは倉庫にこれを取りに行っていたのか。
宿舎の倉庫には、色々なものが備えられている。
もっともほとんどがガラクタで、何に使えるか分からないモノばかりだけれど、稽古用の木刀があることは知っていた。まさか、使う羽目になるとは。
「あんたそれ、<剣士>なんだから使えるでしょ?」
「…まあ、たぶん」
おれは握った木刀に目を落とした。いつも使っている両刃の剣とは違い、こちらは緩やかな曲線を描いた刀の形をしていた。それに、いつもの剣よりか心なしか、長くて軽いような気がする。
意外と、同じ剣でも形や長さ、重さによって、扱い方が変わってくるのだ。ほんの僅かな違いでも、使い慣れていないと、やはり剣に振り回されることになる。
でもこの木刀は思いのほか手に馴染んでいた。なぜだろう。初めて握ったのに。
おれは過去の記憶が無いが、どういう理屈か身体の方は剣の振り方や、身体の使い方を覚えている。もしかしたら、過去に触ったことがあるのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ハルカはある程度邪魔なものを中庭の端に寄せ終えると、おれに向き直った。
「じゃあ、始めましょうか」
おれは心の中で一つ溜息を付いた。正直やりたくないけれど、ここまできたらもう逃げられない。
そう、これは手合わせというやつだ。
実戦形式で、相手とこの木刀で殴り合う、言わばルールのある喧嘩。
「…時間制限は?」おれはハルカに問うた。
「なし」
「じゃあ終わりは?」
「相手が倒れるか、参ったと言うまで」
「…参っていい?」
「バカ。早く構えなさいよ」
おれは嫌々ながら木刀を構える。ハルカは短木刀を逆手に 握って、態勢を低くしている。やる気満々だ。
ハルカの瞳が真剣な眼光に変わったのが分かった。おれはそれを見て、思考を切り替える。
そうだ。ここまで来たのならやるだけやってやる。何か、戦闘で役に立つ有益な情報を掴めるかもしれないし。
そう言い聞かせ、息を吸い、ゆっくりと吐く。
心臓が脈打っている。緊張感がその場を支配して、時間の流れがゆっくりに感じられる。
おれは木刀を握り直す。いつ始まるのか。始まりを告げるものはない。たぶん、お互いの緊張がピークに達した時だろう。
その時は、唐突だった。
ハルカが駆け出した。
文字通り、地面を滑るように移動する。上半身が全くブレず、するするとおれを惑わせるように駆けてゆく。
この動き、前にもどこかで、という既視感を覚えたが、それを考える暇もなくハルカが切り込んでくる。
おれは近づいてくる短木刀を木刀で弾いた。
手ごたえは、軽い。短木刀だから、それほど重くない。でも弾いた時にはハルカはもうそこにいない。
常に移動している。
そういえば、ハルカの戦い方は知っているけれど、本格的に攻めているハルカを見るのは初めてだな、と頭の片隅で思った。
受けてみると、非常に厄介だ。独特な歩行と、こちらの視線を掻い潜るような動き。決して速いわけじゃないが、やりづらい。
これが<暗殺者>の戦い方、ということか。
ハルカが左側から逆手に持った短木刀を振り切ってくる、と見せかけて、攻撃してこない。次は右側に移動して、おれの背後を狙って短木刀を構えたまま突進してくる。
それを視界の端で捉えたおれは木刀で対応した。しかし、少し反応が遅れてしまったせいか、弾いた短木刀がおれの服を軽く擦る。
続いてハルカは左に大きく振り切った状態で短木刀を左手に持ち直し、連撃を繰り出す。おれも応戦しながら、ハルカに初めて攻撃を加えた。
木刀の方が長い分、威力が大きい。木刀を受けた短木刀はハルカの身体ごと大きく後方へ飛ばされかけたが、その勢いを利用し、くるっと宙返りして回避に移った。
攻め過ぎては駄目だと判断したのか、また移動しながらフェイントを仕掛けてくる。右往左往、身体全体を大きく動かして、攻撃してくるのかしてこないのか、分かりづらい。
こうなれば、一択だ。こちらがフェイントに応じてしまえば、隙を突いた攻撃が飛んでくる。なら、ハルカの体力が消耗するまで、守りに徹してやる。
動きが激しいのはハルカだ。攻撃力は、こちらの方が上。我慢比べならこちらに比がある。
いける。
そう思った時、ハルカの動きが何かと重なって見えた。この歩行、動き方、剣捌き、やりづらさ——。
やっぱり、おれはこれを見たことがある。何だったっけ?
喉元まで出掛かった時、ハルカの短木刀が下側から斬り上がってきた。何、考えているんだ。今は戦いに集中しなくては。
おれはそれをまた木刀で弾こうとした。
が、ハルカは短木刀の軌道を僅かに変えた。狙っていたのは木刀を握っている手元。指に当たりそうになって慌てて避けたものの。
木刀を弾き上げられた。
いや、でも大丈夫だ。そこまで強く跳ね上げられていない。ハルカも短木刀一本なら、このまま自分が木刀を振り下ろせば、次の攻撃も防げる。
…ん?短木刀が、一本なら——?
悪寒が首筋を撫でる。そうだった、忘れていた。このやり方、戦い方。思い出した。
ネイビーにそっくりだ。




