攻略
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戦闘が始まった、と私は思った。
数本のナイフを抜いて、指と指の間で挟む。ナイフの刃が反射して、自分の顔が見えた。赤い瞳がこちらを見つめている。
落ち着け。
私はすっと深呼吸した。これは、ジンクスみたいなものだ。戦う前はこうやって、心をお穏やかにする。
<暗殺者>の基本は、自然になることだ。
戦いだからと言って、変に緊張しない。これからやることを、特別だと感じない。普段とは違う、特別なことをすると思うから、緊張して、動けなくなるのだ。
全てが、息を吸うのと同じ感覚。無意識に、自然に、感情に左右されないように、馴染ませていく。
よし。
私は一歩を踏み出した。街を歩く時のように、ごく普通の一歩だ。余計な感情は込めない。
ゲンたちが戦っているのが視界の端に見えた。ここは巨人がいてもそれほど狭くない部屋の一つ。そこで、ゲン、コウタ、ミコトが戦っている。
私は視界に彼らを捉えながら歩いた。今の自分は、加勢することが目的じゃない。他のことに意識を持っていかれ過ぎてはだめだ。
“隠密”。
<暗殺者>の<技術>の一つだ。自分の気配を遮断して景色に溶け込む<技術>。
大事なのは、俯瞰することだ。
自分も、景色の一部に。まるでそこにいても違和感のないように。そういうふうに自分で自分を見つめる。
俯瞰することで、周りの状況も見えてくる。
自分から抜け出した意識が、天井から部屋の隅々まで眺めている。
仲間の呼吸、存在感。相手の呼吸、殺気。皆の視線の移り変わりまで。何を見て、何を思うのか。
自分はこの部屋のどこにもいて、どこにもいない。
入ってるな、と思った。いや、思っていないから、そう感じるだけだ。
上手く溶け込めている。そういう実感だ。上手く表現できないけれど、ずれていたブロックとブロックが、かちりとはまる感触に似ている。
そういう時は調子が良い。
巨人がミコトを狙って、剣を振り上げた。ミコトが少し、焦っている。そりゃあそうだ、ミコトは前線で戦うような子じゃない。でも前に出て戦っているのは、作戦のためだ。危険だけど、頑張ってもらうしかない。
ゲンはミコトの前に駆けだしたけど、まだ巨人の殺気はミコトに向いている。
確かゲンは前に、こんなことを言っていた。自分は<盾士>だから、どこに相手の殺気が向いているのか、分かると。私も“隠密”を発動しているときは、なんとなく分かる。
だから、その相手の殺気の隙間に滑り込ませるように。
私はナイフを投げた。
ナイフは、巨人の顔の側面に当たった。兜に弾かれてしまったけど、それでいい。
巨人の振り上げた剣の動きが止まる。きた。巨人の意識が、こちらへ逸れた。
巨人の殺気が、私へ向こうとしている。でもそうなる前に、私は巨人の殺気の外側へと逃げた。
巨人が振り向いた時には、もう私はいない。
「うぉらぁ!!」
ゲンがその隙をついて、巨人の右膝に盾でタックルした。
いくら巨人の装甲が硬いからといっても、関節部分は弱いはずだ。すると巨人はぐらっと態勢を崩した。
「っしゃあぁああああ!!」
追い打ちを掛けるように、コウタが左膝の裏側へ槍を突き刺した。巨人は完全に両膝がくの字に曲がって、尻餅をつくように倒れた。
まずは、あいつの態勢を崩して、動けない状態をつくる。作戦通りだ。巨人は身体が大きいから、その分、起き上がることが難しいはず。
でも。
「っうあっ!?」
仰向けになった巨人の腰辺りから、炎が噴き出だした。その爆風が、近くにいたコウタを巻き込み、コウタは膝をついてしまった。
そうだ。巨人の厄介なところはこれだ。腰から噴出する炎は、動きの遅い巨人のスピードを格段に上げるし、威力も爆発的に向上する。しかも。
こんなふうに、爆風を利用して、すぐに立ち上がることだってできる。
そううまくいかないか。
私は心の中で舌打ちした。
けれど、まだ手はある。
「コウタァ、ミコトォ!!」ゲンが叫んだ。手で合図を送る。
プラン”O”に移行だ。
「スィ・ル・ヴォ・リ・ヴァ・ディイ・リ」
ミコトが<呪文>を唱えた。
あらかじめ壁や床に張っておいた式紙が、共鳴するように淡い青色の光を放つ。そして。
一気に爆発した。でも、ただの爆発じゃない。
水だ。爆発したのは大量の水だった。水が部屋の中を雨のように降り注いで、水浸しにしていく。
それと同時に、霧が発生した。
細かくなった水分は、水蒸気となったのだ。
霧が部屋の隅々まで覆っていく。
間もなく、視界が真っ白になった。




