亀裂
「ユウ君っ!!」
どこかで、ミコトの声がした。どこだろう。首が動かないので、眼球を動かして探す。いた。こちらに走り寄ってきた。
ミコトの、不安になっているけれど、必死に堪えている顔が近づく。大きな眼鏡の奥の瞳は、今にも泣きそうだ。
ごめん、ミコト。戦いが苦手なのに、また嫌な思いをさせてしまった。謝りたいけれど、うまく話すことが出来ない。
「大丈夫!今治すからね!」そう言うとミコトは、一枚の式紙を手に持って、おれにかざした。
「キリィ・イェラ」
式紙が、淡い緑っぽい光を発して、おれを包みこんでいく。
これは、ミコトの治癒魔術だ。どういう理屈かはわからないけれど、痛みが、苦しさが、どんどん吸い取られるように消えていく。
ほんの、数十秒だ。それだけの時間で、だいぶ身体が楽になった。
「…ありがと、ミコト」
まだ、若干息苦しい。声も掠れていたけど、それだけは言えた。ミコトは少し緊張を解いて優しく微笑むと、すぐに真面目な顔に戻った。
「さ!ユウ君立って!ゲン君が引き付けている間に通路へ逃げるよ!」
おれの手を引いて、ミコトは駆け出した。おれは引っ張られるまま、ミコトに付いて行く。
ミコトが行く先に、奥へ向かう通路があった。ちらと横を見ると、ゲンたちが巨人と戦っている。三人で、こちらに気を引かせないように、頑張ってくれているのだろう。
ちくりと、何かが胸を刺した。
自分がもっと強ければ。<剣士>のおれは本来なら皆を守る側なのに。なのに、おれは今、ミコトに連れられて、先に逃げようとしている。
無力だな。
そうだ。前にも、こんな嫌悪感を味わった。自分が嫌で、たまらなかった。あれは、そう、あの時は———。
あの時?
「…!?どうしたの!?」
ミコトがこちらに振り返った。振り返った?ミコトが?
いる。ちゃんと、目の前に。しっかりと手を握って、自分を見ている。
どうやら、立ち止まってしまったみたいだった。そのせいで、ミコトが心配して振り返ってくれたのだ、ということに気付く。
「…いや」
大丈夫、と言いかけた刹那。
すごい轟音が耳を貫いた。瞬発的に、音の方を見る。巨人が、大剣を床に突き刺していた。衝撃が、身体を揺さぶる。
同時に、床に亀裂が入った。ピシ、ミシ、という嫌な音を立てる。亀裂は、大きさを増し、這うようにこちらに近づいてくる。
嫌な予感が過った時には、身体が勝手に動いていた。ミコトを通路側の方へ突き飛ばす。
瞬間、浮遊感が身体を襲った。すうっと風が身体を吹き抜けてゆく。
「…ユウ君!!」
ミコトが手を伸ばした。ミコトの白くて細い腕。目一杯、手を伸ばす。
握ったのは空気だった。
まじかよ。
おれ、落ちるのか。




