不安
「うーん、確かにそうかもしれないけど…、あたしはちょっと嫌だなあ。もう何も起こらないかもだけど、怖いよ…」
ミコトが少し顔を上げて、少し悲し気な苦笑いを浮かべた。
ミコトはこのパーティの中で、一番戦闘が苦手だ。
それもそうだ。魔術という強力な武器を持ってはいるが、それ以前に、ただの女の子なんだから。そう思って当たり前だし、その恐怖を紛らわせようとこちらに頑張って送っている笑顔が、胸に染みる。
でも、おれも同じ気持ちだった。
ショウに言われなければ、絶対にこんな提案はしない。おれもミコトも慎重派だから、先にネガティブな思考が頭を突く。あの森にいるのが、あいつ一匹じゃなかったら?他に強い魔物がいたら?それを言い出したらキリがないが。
そういう意味では、おれとミコトは、似ているかもしれない。
「いーや、俺は賛成だね」
ちっちっち、人差し指を立てて舌を打ったのはコウタだ。
「何言ってんだよミコト。ユウトの言う通り、もしかしたらすっげぇ素材かもしんねぇだろ?一攫千金のチャンスじゃねーか!なんだそれ!ロマンの塊だぜ!」
どうやら、コウタの心に火が灯ってしまったようだ。目の色が変わってしまっている。こうなるともう止められない。
コウタは言うまでもないが、自分の気持ちにとても素直な男だ。嫌なことはやりたくない。やりたいことはとことんやる。おれは自分の気持ちを上手く表現できないから、そういう部分は少し羨ましいなと思う。
「まあ、たまにはそういうのに掛けてもいいんじゃないか?」
まとめ役のゲンが、ぽん、とミコトの肩に手を置いた。
「でもゲン君…」
「俺はもう大丈夫だって。ミコトのおかげで、傷はもう治ったしな。それに、滅多に自分の意見を言わないユウトが言ってんだ。何か思うことがあるんだろ?だったら、乗ってみようぜ」
そうして、おれに親指をぐっと立ててはにかんだ。前々から思っていたが、こういうところが本当に格好良い。ゲンは最近調子の悪いおれのことをずっと心配してくれているし、本当に良いやつなんだろう。
そう思う反面、ゲンの気持ちを考えずに、口走ってしまったことを少し後悔する。ゲンはあの森で大怪我をした。下手をすれば、死んでいたかもしれない。それでも、おれの言うことを優先してくれたのだ。
おれはたまらずごめん、と謝ろうとして、止めた。今は、言わない方がいい。折角、ゲンが気を遣ってくれたのだ。それを無下にはしたくない。
おれはそれに応えるように頷いて、ハルカの方を見た。
「ハルカは、どう思う?」
「うーん…」
ハルカはテーブルに突っ伏しながら、頬杖を突いている。
問題はハルカだ。彼女は、このパーティの中でも突出して戦闘センスが長けている分、発言力がある。彼女が駄目といったら、流れが一気に変わってしまう。
でも、その考えは杞憂だった。
「まあ、皆が良いっていうなら、私はどっちでもいいわ」
どこか面倒くさそうにハルカは呟いた。反論されると思って、肩透かしを食らった気分だったが、彼女がいいと言うならいいのだろうか。
ハルカについてはまだよく分からない部分がある。プライドが高いのは言わずもがなだが、興味がないことに関しては、全く干渉してこようとしない。
まだ皆との距離感を測りかねているおれにとっては、それが一番厄介だ。どこで反応してどこで反応しないかが分からない。まるで、地面に埋まっている地雷を探しているかのようだ。
「おし、じゃあ飯食ったら大樹の森へ行く準備するか」
ゲンがそう言って、うまく取りまとめてくれた。それぞれ、表情は違うものの、否定する者はおらず、皆それぞれ自分の作業に取り掛かる。
ともかく、何とかこれで大樹の森へ行くことへと話をこぎ着けることができた。
おれは少し汗ばんだ額を拭う。普段やらないことをしたせいか、変な汗を掻いてしまっていた。
台所の窓から、微かな光が照らし始めている。
その時、ふと思った。
そういえば、なぜショウはおれたちを黒い化物のいる大樹の森へと行くよう指示したのだろう。良い素材がとれるかもしれないとは詭弁で、おれたちにとってはまだしも、ショウにとっては何の利益にもならない。
自分の記憶を取り戻すことだけ考えていて、そこまで頭が回っていなかった。そもそも、やつの目的はなんだ?記憶を返してやるというエサを引っ提げて、おれを動かす目的は?
得体の知れない不安が胸を突いた。
あいつを、本当に信じてもいいのだろうか。いや、今足踏みしたところで、結局何も変わらない。あいつは人間ではないし、おれが考えて理解できるものではないのかもしれない。
それでも。
今の仲間の、迷惑にだけはならないように、と願いながら、武器を保管している倉庫に足を向けた。




