弱肉強食
「皆!準備出来たよ!」
ミコトの声が響いた。どうやら、間に合ったようだ。
「おう!」とゲンとコウタはウェアウルフたちを牽制しながら、ミコトのもとへ駆け寄っていく。おれもその後に続いた。
ミコトの<職業>は、<魔術師>だ。
<魔術師>は、パーティを作るならば必須級の<職業>だろう。様々な魔術を用いて、遠距離攻撃や、罠を仕掛けることができる、援護系の<職業>だからだ。
さらにミコトは、治癒魔術も習得しているため、パーティの回復役の要でもある。黒い化物に襲われた時、瀕死のゲンを救ったのも、ミコトだ。それほどまでに、彼女の扱う魔術は優れている。まあ、そもそも魔術って何なの?と言われると、そこはまだ全く分からないが。
しかし、魔術は強力だけれど、ミコト自身はあまり戦闘が得意ではない。
臆病で、引っ込み思案なところもある。でも遠距離攻撃ができて、回復もできる彼女は、おれたちにとっては大きな支えだ。
おれ、ゲン、コウタの順で藪に飛び込んでいく。ミコトは一枚の掌サイズの紙を胸に掲げて、呟いた。
「ヴォ・ウォ・ル・イェラ」
魔術にも色々あるらしいのだが、ミコトはよくこの式紙と呼ばれる紙を使って魔術を用いる場合が多い。
そして、どの魔術にも共通なのは、“呪文”を唱えることで発動する、ということだ。
ミコトの“呪文”に反応した式紙は、淡く光り出す。それに呼応するように、地面に並べられた数枚の式紙も光ったと思うと。
ドォン、と心臓にまで響き渡る爆音が地面を揺らし、ミコトの前に、大きな炎が出現した。
ウェアウルフたちは、爆音とその炎に怯えて、こちらに近づこうとしない。基本的な生物は、炎を怖がるから、それを利用したわけだ。
「さ!今のうちだよ!」
「はぁっ、はぁっ」
荒い息で呼吸をしながら、後ろを振り返る。肺が痛い。喉もカラカラだ。汗も噴き出している。調子は最悪だが、ウェアウルフは追ってきていないみたいだ。
「ふぅ」ミコトは腕で額の汗を拭うと、笑顔で安堵の息をついた。「何とかなったねぇ」
「こらぁミコト!もうちょっとで俺まで燃えるとこだったんだけど!?」
コウタはミコトを指さして怒鳴った。よく見れば、確かに服の裾辺りが焦げている。
「あ、ご、ごめん…」
あ、あはは、とミコトは引き攣った苦笑いを浮かべる。
「いいじゃん、ミコトのおかげで逃げ切れたんだからさ。はぁ、疲れた…」ゲンの顔は汗だくで、さっきよりも断然暑そうだ。まあ、この暑さの中重たい鎧を着て全力疾走すれば誰でもそうなるだろう。
「良かねーよ!この装備けっこう高かったんだぐふぉっ!?」
コウタが全部言い切る前に、いつの間にか現れたハルカがコウタの関節をキメていた。
「はいはい、分かったから少し黙って。今見えなくてもただでさえウェアウルフは耳良いんだから。静かにしてよね」
「え、まだ追いかけてきてんの?」おれは辺りを気にしながらハルカに尋ねた。ハルカはうーん、と首をひねる。
「いや…、もう気配はないけど、もしかするとまだ奴らのテリトリーかもしれないわ。ウェアウルフのテリトリーってけっこう広いから」
「てか、こんなとこにウェアウルフがいるなんて聞いてないぞ?」
ゲンが腕組みをして軽く顎を触った。
そうだ。確かウェアウルフは、西の遺跡平原に生息していたはずだ。それに、依頼の中にもウェアウルフが出現したなどという記述は無い。ではどうして、この狭間の森にやつらはいたのか。
「もしかしたら」ハルカは森の奥を眺めながら呟いた。「また生態系が変わり始めてるのかもね」
生態系の移り変わり。それはよくあることだそうだ。例えば今回出現したウェアウルフは遺跡平原に生息していた魔物だが、遺跡平原で強力な魔物や、勢力の拡大した魔物が現れると、弱い魔物はその場所を追い出される。そして、追い出された結果、新天地で新たな生態系を築くことになる。
「じゃあ、遺跡平原で何かあった、ってこと?」
遺跡平原は、比較的弱い魔物が闊歩する場所で、ウェアウルフは圧倒的な数とチームワークを利用して、それなりに高い地位を獲得していたと聞いている。そのウェアウルフが遺跡平原から追い出されたということは、それほど強力な魔物が現れたことを示唆している可能性があった。
「さあ。それは分からないわ。こっちの方が住みやすそうだから、移動してきたかもしれないし、まだ何とも言えないけど。とりあえず、ここを離れた方が良さそうね」
ハルカは考え込むようにそう言った。
「…は、や、く、ど、け…!」関節をキメられたままのコウタが低く唸った。そういえば、静かだったから、忘れていた。
「あら、ごめんなさい」
「くっそぉハルカてめぇ、ぜってぇわざとだろ!」
「だから黙れっての」
「ぐえっ!?」コウタはハルカに鳩尾を軽く殴られた。




