記憶が無くても
「ミコト!」ゲンはこちらを見ずに叫ぶ。「今のうちに逃げる準備頼む!」
「了解っ!」
「そんでユウトはそれまでミコトを守れ!」
「あ、ああ!」
短く返事をして、おれはウェアウルフと、ミコトを交互に見た。そういえば、ハルカはどこに消えたのだろう。もう、いつも通り気配を消して攻撃の様子を窺っているかもしれない。
なら、ゲンの言う通り、やることは一つだ。
そう、今まで通り、やればいいんだ。
おれは剣を握りしめて、ミコトの前に立ちはだかった。
おれの<職業>は<剣士>だったらしい。
らしい、というのは、記憶が戻っていないから、そう判断せざるをえなかった、という意味だ。
ただ、この一週間彼らと共に戦ってきて気付いたことがある。
<剣士>と言えば、アタッカーとして扱われ、大きな戦力として前衛に立つのが定石だ。
しかしどうやら、このパーティでのおれの役割は、少し特殊だったようだ。
今のおれたちのパーティはわりとバランスが取れている。アタッカーのコウタ、タンクのゲン、援護のミコト、遊撃のハルカ。けれど逆を言うと、彼らはそれぞれの役割を手放すことができない。
ただ、<剣士>であるおれは違う。攻撃技が少ないゲンの代わりに攻撃ができる。防御に弱いコウタの代わりに防御ができる。手が空いているうちにハルカや、ミコトの援護もできる。
だから、このパーティでのおれの役割は<剣士>という戦闘の幅が広い<職業>を活かして戦う、パイプ役だ。
皆の役割を補うことが、おれの仕事。
おれはふうっと溜まっていた息を吐いた。
集中しろ。
今は、ミコトを守ることだけに専念すればいい。どのみち、今の自分にやれることは多くない。何をして何をしないか、見極める、
こっちに注意を向けているのは、二匹。ゲンとコウタが派手にやってくれているから、やりやすい。
一匹と目が合った。くるか?そう思った時には、ウェアウルフはこちらに駆けてきた。
おれはウェアウルフが接近するタイミングに合わせて、剣を振り下ろした。なるべく、慎重に。焦らず。
何事も、初手を大事に。
サッと、ウェアウルフの肌を軽く裂いた感覚が剣から伝わる。少し浅かったが、当てることはできた。斬られたウェアウルフは後ずさりする。速いけど、全然目で追えないわけではない。
これぐらいなら、いける、と思う。昨日のボスザルシュのパンチに比べれば、大したことは無い。
だとしても、油断はできない。
おれは後ろにいるミコトを意識しながら、剣をまた構えた。
戦いの中で、一つだけ、覚えていたことがあった。
確かに、今のおれは過去の記憶が無い。ぼんやりと覚えていたのはせいぜい、このパーティの、彼らの容姿ぐらいだ。
だけど。
ウェアウルフが大きく口を開く。右側。きた。剣を横に突き出す。
ウェアウルフの荒い鼻息が顔面に降りかかる。つんとした獣臭が鼻を突いた。
剣を動かして振りほどこうとしたが、ウェアウルフは剣に噛みついて、なかなか離れない。
意外と力強い。
その時、視界の端でもう一匹が近づいてくるのが分かった。迫るまで、あとどれぐらいだろう、と考えている自分がいる。
馬鹿。そんな悠長な場合じゃない。じゃあどうする?と疑問が浮かんだ瞬間。
身体が動いた。
握る手の親指に力を加え、軸足の爪先で思い切り踏ん張る。そして、噛みつかれている剣ごと、もう一匹のウェアウルフ狙って、剣を振り回した。
回転する力に負けて、噛みついていたウェアウルフは口を切り裂かれ、もう一匹は喉辺りに直撃した。真っ赤な血が迸る。
これは<剣士>の<技術>、“円”。
さっきコウタがやっていた<技術>と同じだが、<職業>が違うからと言って、同じ<技術>が使えないわけではない。
<職業>によって、共通する<技術>もある。
これは、意識してやったことじゃない。身体が覚えているのだ。こういう時、どうすればいいか、ということを。
そう、唯一の救いだったのはこれだ。記憶が無くとも、身体は動いてくれる。




