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Re:D.A.Y.S.  作者: 結月亜仁
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嵐の前の

******


ざわざわと、耳障りな喧騒が鼓膜を響かせる。


誰かの笑い声、誰かの泣き声。怒声。罵声。色々な声が入り混じって、脳みそをぐちゃぐちゃに掻き乱されているみたいだ。


ああ、鬱陶しい。


こんな夜更けまで、馬鹿騒ぎしているやつらの気が知れない。それに加え、この行き過ぎる人々の顔。誰もが気を緩ませて、幸せそうな表情を浮かべている。危機を察知する本能を忘れ、ただただ、平和という食糧を貪る、無能な豚ども。


世界が今、どうなっているかも知らずに。


いや、やつらは知ろうともしないだろう。目の前だけの平和に浸っていたいから。それにかまけて、周りを見ようともしない。そして、気付いた時には、もう手遅れだ。


だから、街を歩くのは嫌いなんだ。


平和ボケしたやつらの顔を見ていると、殺意が沸く。でも外を歩かないとどこにも行けないので、仕方がない。できるだけ行き交う人々の顔を眼中に入れず、目的地だけを目指す。


ふと、騒がしい居酒屋同士に挟まれた、路地裏の前で足を止めた。


だいたい、なんでこんな騒がしいところに設定したんだろうと思うが、まあ理屈は分からないでもない。目には目を歯には歯を、人には人を。人を隠すには、人通りの多い場所がうってつけだということだ。


その路地裏に一歩踏み出す。


踏み入れた瞬間、さっきまでの喧騒は嘘だったかのように掻き消え、静寂と薄暗闇が場を満たしている。


やはり、静かで暗いところは落ち着く。余計なものを一切感じない、感じたくも無い自分にとっては理想の場所だ。


路地裏を奥の方へと進んでいくと、眼前に黒い扉が見えてきた。


その扉は、人一人が通れるぐらいの小さな扉だ。ドアノブと呼べるものは一切無く、押しも、引きも出来ない。


その黒い扉に、人差し指をそっと触れさせる。そして、自分たちしか知らない、秘密のマークを指でなぞる。


がちゃり、と鍵が外れる音がした。


すると、黒い扉はひとりでに奥へと沈み込みながら開かれていく。

開かれた先にあったのは、質素な部屋だ。


四畳ほどの空間に、シーツだけ引かれたシングルベッド。机と椅子。それ以外は何も無い。


いや、無くは無い。机の上には、不思議な淡い碧色の光を放つ四角形の物体が置かれている。

それは掌で収まるサイズで、机の上にちょこんと居座っている。


不意に、フォン、と何かに反応したような音がその四角形から響いてきた。

ザザッ、と雑音が入り混じった後、聴こえてきたのは、男の声だ。


『…おかえりなさい、ネイビー』


四角形から聞こえた男の声は、僕の名前を呼んだ。いや、正確には名前ではない。コードネームだ。僕は、はあと溜息を付きながら、ベッドに腰を下ろし、その男のコードネームを言った。


「…ホワイト」


『ん?なんでしょう?』

「僕が帰ってきたからって、いちいち反応しなくてもいいんだよ。ていうか、僕の帰りを待ってたの?通話機(コール)の前で?暇なの?」

『暇だったかどうかわかりませんが、そろそろあなたが帰ってくるかと思いましてね。お茶でも飲みながら、待っていたんですよ』

「…それを、暇って言うんだよ」

『いやいや、これも立派な仕事ですよ。お茶で思考能力を活性化させ、次に打つ手を考える。ついでに、相棒であるあなたの帰りを待つ。一石二鳥じゃないですか』


お茶にそんな能力はないと思うが、ホワイト曰く、お茶を飲みながらあれこれ考えると、良い案が浮かぶらしい。まあそんなことは置いておき。


「…あんたから連絡を寄越したってことは、そっちで何か動きでもあったの?」

僕は本題を切り出した。長い話は嫌いだ。端的に、伝えたいことだけ教えてくれればいいのに、この男は余計な話が多い。付き合っていたら、いつまで経っても本題に入れない。


『ええまあ、ちょっと色々ありましてね』

ホワイトの顔は見えないが、声だけで分かる。これは面倒そうなことだ。


『それよりもまず、そちらの状況を教えていただけますか?』

「…こちらは、特に大した動きは無い」


僕は、このアルドラの街での三日間を思い出す。“対象”を追跡してアルドラの街に侵入したのが三日前。それ以降、ずっと“対象”を監視してきた。


でも、それはあまりにも、僕の嫌いな平凡だった。普通の人間として生活する“対象”を見ていると、胸がざわざわと落ち着かない。


まあ、それが任務だから仕方ない。だから、もっと近くで観察する必要があったが、思った以上に、ずっと“対象”の傍にいた人物が邪魔だった。僕と同業なのだろう。かなり察知能力に優れたやつのようだった。


そいつがいたせいで中々近づけなかったが、リスクを冒してまで無理に接近するようなことでもなさそうだったので、それ以降は遠くから“対象”を見続けた。


「反吐が出るほど、普通の生活を送っているよ。ここで暮らすために、仕事を始めるようだ」

僕は天井を見上げながら言った。変化があったといえば、それぐらいだろう。


『仕事?…あっはっは!』それを聞いたホワイトが、急に笑い出した。


『自分の重要な仕事から抜け出しておいて、副業を始めようとしているとは!それは傑作だ!』

ひとしきり笑った後、ふう、と息を整える声音が聴こえる。


『すみません、ちょっとツボだったもので』

どこがツボだったんだ?と思ったが、口に出さない。一で突っ込んでしまうと、この男の場合は十で返ってくるので、かなり厄介だ。


『となると、なおさら面倒ですね』

ホワイトは神妙な声音で呟いた。


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