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Re:D.A.Y.S.  作者: 結月亜仁
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残滓

始めまして。数ある作品の中から見つけてくださいましてありがとうございます。

ファンタジー小説を書きたくて投稿させていただきました。

多くのコメントを頂きたいため、他に

カクヨムさん、ノベルアップ+さん、アルファポリスさんでも投稿しています。

お読みいただき、ぜひコメントなど頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願いします。


消えていく。全てが。

今まで、経験したこと、感じたこと、やりたかったこと、言い出せなかったこと。そのどれも、ほんの些細な出来事で、こんなもの、別に消えてしまっても良いと思っていた。

それらが、砂で出来た城みたいに、風に吹かれ、さらさらと音を立てて無くなっていく様を見て初めて、気付く。

でも、もう止めようがない。しょうがない。これが、現実だから。受け入れるしかない。

砂粒の一つ一つが通り過ぎる間に、いくつもの記憶が走馬燈のごとく流れ出す。

その時、不意に、声が聞こえた。

------------------------------。

振り向くと、彼女が微笑みながら、手をこちらに差し出す。

いつもの、穏やかで、太陽のような温もりを孕みつつも、どこか悲し気な笑顔で。

咄嗟に手を伸ばしたものの、掴めるはずもなく、あっという間にどこかへ飛んで行ってしまう。

残ったのは、バラバラになった記憶と、あの声だけだ。

いや。

それだけ残っていればかまわない。それだけで、おれは。

そして、視界にノイズが走った。


******


足音、車のエンジン音、カラスの鳴き声。草の匂い、魚の焼けた匂い、香水の香り。

体を包む熱、服がこすれ合う感触、肌を撫でる風。電柱を照り付ける夕日、長く伸びた影、

闇に染まっていく空。そのすべてが調和したこの平凡な世界に、自分という人間は存在する。

今日も何事も無く、家へ帰り、風呂に入って、飯を食べて、寝るのだろう。

それは、もう決まりきったことだ。だから、今日という日が何か特別な意味を持っているというわけではない。たぶん明日だって、明後日だって、一か月後だって、一年後、三年後だって、自分を取り囲む環境や状況は変わったとしても、本質は変わることは無いと思う。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。ただ、この世界が、そういう風に出来ているだけのことだ。そんなこと、当たり前で、何気ない普通の出来事だと、そう思っていた。

はずだった。


******


声が、聞こえた。違う、これは声じゃない。それに、何か、湿っぽい。背中には冷たくて硬い感触がある。それに、つんとくるかびた匂いまで漂っている。

ここは、どこだろう。瞼をゆっくり開けても、目の前がぼんやりと明るくて、よくわからない。


でも、自分の名前ぐらいは分かる。名前。そう、ユウト。


他は、思い出せそうで、思い出せない。あと少し、喉まで出掛かっているんだけれど、掴めない。やっと掴んだと思ったら、それは雲みたいに、するっとすり抜けていく。


「………と」

すると、光がぼやけた世界に何か音が響いた。そういえば、さっきも何か音というか、声を聴いた気がする。

それは、なんだったっけ。

「……うと」

その音がまたぼんやりと響いた。今度はよりはっきりと聴こえる。うと?という音だったが、うとってなんだろう。

「…ユウト!!」

3回目に響いた音は急激にボリュームを増して、鼓膜に反響した。

微睡から突き落とされた感覚だった。思い切り息を吸い込んで、むせ返そうになる。

曖昧だった視界にも、光が差し込み、複雑な色彩がなだれ込んできた。

さわさわ、とのどかな音。木々の濃緑の隙間から覗く蒼穹。雲の白と降り注ぐ光。

そこには、色鮮やかな世界があった。


「おうユウト。無事だったか」

低く、野太い声音だった。耳の奥にも響く、よく通る声だな、と思った。男の声だ。

視線を上に逸らすと、おれを見下ろしている大きな影が映る。どうやら、仰向けになっていたようだ。どおりで、背中にごつごつした冷たい岩を感じるわけだ。

「…ん?お前、どうかしたか?」

こちらがだんまりしているうちに、男がそう続けた。

逆光になっていて、姿はよく見えないが、パッと見の雰囲気は十代半ばの青年だった。真っ黒な髪は少し長めで、目が大分隠れてしまっているけれど、そこから覗く目つきは鋭く尖っている。ほっそりした顔立ちと相まって、見た目がかなり強面だ。


「もう、心配したよ?動かなくなってびっくりしたんだから」

青年の後ろから、ひょっこりと顔を覗かせたのは、背の低い女の子だった。

肩まで伸ばした濃紺色の髪。顔の大きさに見合わない大きな黒縁眼鏡は少し下にずれていて、どこか幼さを感じさせる。

彼女は手を伸ばすと仰向けだったおれの腕を握って、ゆっくりと身体を起こしてくれた。「まあ、大きな怪我がなさそうで良かったよ」

そう言って彼女はにっこりと笑って見せた。


「あ、ああ…、ありがとう…?」

今まで声を出していなかったせいか、掠れた声音が喉を通る。

でも、その顔を直視できなくて、思わず目を逸らしてしまう。

目を逸らした先には、別の女の子が立っていた。

綺麗な赤色の髪だった。それを後ろに束ねて、ポニーテイルにしている。瞳の色も同じく赤で、力強い目線をしていた。彼女も顔立ちは幼げだが、どこか大人びた雰囲気を醸し出している。

「…何よ、あたしに何か付いてる?」

赤い瞳の女の子はおれを睨んだ。「あ、いや、何でもない」おれはまた顔を反射的に背けてしまう。


全然、目のやりどころがない。

いや、それよりも。

彼らは誰で。ここは、どこだ?


「おいおい、だからあぶねえっつったのにさあ」

今度はまた別の男の声が聴こえた。少し高めの声音だ。

「お前、調子乗ってこんな高い木に登るから、落っこちんだよ」

くっくっくっ、と腹を抱えて堪えるように笑ったのは、茶髪の小柄な男だった。こちらも、十代半ばの青年だ。ただ、どこかやんちゃそうな雰囲気を漂わせている。何だろう。とても失礼な感じだが、身に覚えがある気がする。

「ユウト、周りを見渡してみるよ、って勢いよくこの樹に登って、滑って壮大に落ちたんだよ」

はあ、と頭を押さえながら強面の男が言った。

「お、落ちた…?」

身体を起こした目の前には、葉が生い茂っている大きな樹が聳え立っていた。そうか、ここから落ちたのか。道理で背中がじんじん痛いし、息苦しいし、頭がくらくらするわけだ。


でも。

本当に、それだけだった?


「ったくよぉ、これから大事な戦だってのに、怪我されたらたまんねぇぜ、まったく」

茶髪の小柄な男は、眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。こいつ、なんかえらそうな奴だな、と思いながらも、ある言葉に引っ掛かった。


戦…?


そういえば、皆特徴的な格好をしていた。茶髪の男は、緑を基調とした軽装の装備に、背中には自分の背丈よりも長い槍を背負っている。強面の男に関しては、厚苦しそうな鎧に大きな盾を装備している。眼鏡の女の子も、青を基調とした服装に、こん棒のような、ロッド?を持っている。赤い瞳の女の子は、武器は持っていないが、ボディラインがはっきりした黒い服装で身軽そうだ。


全員、普通の格好じゃない。


というより、普通の格好ってなんだっけ?


「…ほら」赤い瞳の女の子は、そっけなくおれに背を向けた。「怪我がないなら、さっさと行くわよ。時間も無いんだから」

「そうだな、早いとこ済ませちまおうぜ」

「うん!行こう行こう!」

強面男と、眼鏡の女の子が続いて答え、何事もなかったかのように踵を返した。

「え、ちょ、ちょっと」

「ん?どした?ユウト」

茶髪の男が振り返った。おれの軽く上げた手が宙を泳ぐ。

反射的に、皆の足を止めてしまった。皆が振り向いて、視線が集中する。すごく、言いづらい。けど、止めてしまったのなら、言った方が良いのか。


「…え、と。何をしに、行くんだっけ」

そう言った直後に、後悔する。皆が視線をおれに集中させたまま、固まってしまったのだ。

茶髪の男なんて、口をあんぐり開けて呆れてしまっている。

まずい、ことを口走ってしまったのか。どうしよう。微妙な空気だ。

「何をしに、って」強面男が一度皆を見回した。「そりゃあ、戦いに、だろ」

「た、戦う?」おれは苦笑いを浮かべながら首をひねる。

戦うって、何と?どうやって?何のために?色んな疑問が同時に頭を過ったけれど、結局それは、口に出す前に消えてしまう。

「あのねぇ」赤い瞳の女の子が目を細めて、おれを指さした。

「なんか、他人事みたいに言ってるけど、そういうあんたも戦わなきゃいけないんだからね?」


「…え?」

彼女に言われて、自分を見下ろす。そういえば、初めて自分を見た気がする。

心臓が一拍、大きく跳ねた。

黒と茶が入り混じったような装備。黒い手袋や、厚めのブーツまで。

なんで。

今まで何も感じなかったけれど、背中に重みを感じた。手を回すと硬い何かに手が触れた。

取り出して確認してみると、それは、剣らしきものだった。鞘に収まっていて、刃は見えないが。いや、らしきじゃない。これはどこからどう見ても、剣だ。


なんで?

なんで、おれはこんな剣士っぽい恰好をしているんだ?


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