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*第六話 やっぱりお金は励みです。


 そしてクロウは女児を連れて元の通りに戻ろうとしていたが、女児の空腹は想像以上に酷かったようでグウグウと音を鳴らし続けている。


「……この菓子をくれてやる」


 優しさというよりは、自身の腹にも影響しかねない音に耐えかねてクロウは袋から一本の果実飴を取り出した。


「いいの?」

「ああ」

「ありがとう!」


 女児は先程は食事を熱望していたというのに、実際に目の前に現れると遠慮するタイプらしい。だが、それでも確認後は勢いよく果実飴にかぶりつく。


「これ、甘くておいしいです!」

「果実飴という。舐めただけだと甘い飴だが、中の果物は酸味がある。両方美味い」

「お兄ちゃん、すごく物知りなんですね」


 女児には飴が少し硬かったのか、クロウのように最初から齧ることはできないようだった。しかし飴をなめながら「早く果物さんに届かないかなぁ」と楽しそうにしているので、それはそれでよいのだろう。


「あ!」

「どうした」

「あのね、私、リリーっていうの」

「リリーか。我はクロウだ」

「クロウ。クロウお兄ちゃん」


 そう確認するように二度ほどリリーは呟き、頷いた。


(『クロウお兄ちゃん』とはな。まあ、よいが)


 名前を知らない段階でリリーがクロウを三人称として『お兄ちゃん』と呼んだ時にはクロウは悪い気もしなかった。だから今も気分を害するということはないのだが……敬称として『お兄ちゃん』と呼ばれるのは斬新だ。

 だいたい街中で『クロウ様』などと呼ばせれば、妙な目立ち方をしかねない。せっかく買い食いを楽しみに来たのだから、その目的を阻害してはならない。

 そうんなことを考えているうちにクロウたちは先ほどの果実飴売りの近くまで戻って来た。


(とりあえず……続きを端まで見て歩くか)


 クロウの胃袋をもってすれば、順番を考えずともすべて食べることも可能だ。

 しかし、食事には美味しく食べるための順番というものもある。

 先程は果実飴に心奪われたが、店舗数を見れば計画も大切だ。

 またリリーにも食べたいものを買ってやると言った手前、店を見せ選ばせる必要がある。人間の子供はクロウと違い、すべてを食べる胃袋は持っていない。


(しかしこの娘、想像以上に食事に対する執着があるんだな)


 リリーの目つきは鋭く、先程の能天気に果実飴を舐めていた時とは違う。

 そうこうしているうちに、クロウたちは屋台街の一番端にまで辿り着いた。

 そこでリリーはクロウを見上げた。


「クロウお兄ちゃんはどれにするの?」

「我はイカノマルヤキなるものに興味が湧いた」


 香ばしい香りと威勢のいい店主の声は、なかなか胃に刺激を与えるものだった。


「リリーも、それ、食べてもいい?」


 それはもちろん構わない。

 しかしクロウの中に、リリーが同じものに興味を持っていた記憶がない。


(無理に同じものに合わせようとしているのか?)


 そうであれば、不要な気遣いである。

 リリーがいくら腹を減らしているとはいえ、体格から考えて必要としているもの以外を食べる余裕はないはずだ。


「一番食べたいものを選べ。お前は本当にイカノマルヤキが食べたいのか?」


 食べ物に対しても、一番食べたいものを食べるというのが礼儀だろう。

 そのようなことを思っていると、リリーはもじもじと切り出した。


「えっと……リリーはね、本当は、あっちにあったクレープ屋さんが気になるの」

「『くれーぷ』か。よかろう。それを買うがよい」


 どの食事のことなのか、クロウには見当がつかなかった。しかし金を渡せばリリーは自分で買ってくるだろう。正確な額はわからずとも、だいたいの額は理解している。

 だが、リリーは金を受け取るのを躊躇っている。


「どうした」

「あのね、リリーはクレープが気になるけど、クロウお兄ちゃんと一緒にいたいの。だからイカさんにする」


 どうやらリリーには少しばかりの時間を離れるのも不安を抱いているらしい。


(……一緒にいたいも何も、我もまだ話を聞くつもりがあると言っているのだが)


 食事を与えるという言葉は無条件に信じたというのに、なぜこの言葉は信じないのか。そう思ったが、ある意味そのせいなのかともクロウは思い直した。

 仮にクロウと離れてしまえば、結局リリーは食事を得られないのである。いわば、危機管理能力の結果なのかもしれない。


(仕方あるまい)


 クロウは好きなものを食べさせるとリリーに約束した。

 つまり妥協案ではなく、本当に食べたいものを食べさせなければ約束を反故にしたも同然だ。


「ならば、我も『くれーぷ』を食べよう」

「え、でも」

「イカノマルヤキはあとでも食べれる。我の胃袋はお前のものより立派だ」


 リリーははじめクロウの言葉に戸惑っていたが、やがて満面の笑みを見せた。


「ありがと、クロウお兄ちゃん」


 そしてクロウはリリーの案内と注文により、クレープを二つ購入した。

 購入時にリリーはトッピングに迷っていたので、クロウは遠慮せず好きなだけ頼むとよいと言った。

 そしてその結果が今手の中にあるクレープだ。


(……このボリュームのある巻き菓子がクレープだったのか)


 クレープには生クリームとカスタードクリーム、果物やジャムが贅沢に使われている上、その仕上げにはナッツと砕いたチョコレートを振りかけられている……と、クロウは聞いた。

 だが、そもそもクロウには『生クリーム』も『カスタードクリーム』もわからない。辛うじてジャムというものが果物の砂糖煮だということは想像できたが、それ単独でクレープの味を想像するのは難しい。


(このクリームというものは軽そうではあるが、形が一定しないことから食感、味ともに想像ができんな)


 ただ、挑戦するのは悪くはないとも同時に思った。


(珍妙な食べ物だが、人間でも教会の箱入り娘が望む品だ。不味いはずがない)


 そしてクロウたちはクレープを持ったまま、腰かけることができる場所を求めて広場へと移動した。

 それはリリーがクレープには大量のクリームが使用されていたため、零してしまったら大変だと主張したからだった。クロウにそれを否定する理由は特になかったので、同意した。

 広場に着いたクロウとリリーは噴水近くにある石段に腰かけた。

 直後、リリーは期待を込めた目でクロウを見上げた。


「……食って構わんぞ」

「いただきます!!」


 リリーはそうして勢いよくクレープにかぶりついた。

 それはお世辞にも上品と言える振る舞いではない。

 だが、次の瞬間にはその行動を忘れさせるほどの満面の笑みをクロウに向けた。


「満足そうだな」

「うん! クロウお兄ちゃんも早く食べて! リリーがずっと食べてみたかった、夢みてたおやつなの!」


 その返答を聞いてクロウは訝しんだ。


「食べたことがなかったのか? 教会の連中にねだれば食えるだろう。それとも、あいつらはケチなのか?」


 クロウは人間の食べ物をよく知らないので、屋台街の食べ物を食べたいと思っても料理人に要求する手段を持たない。

 だがもともと食べたい品名を知っているなら、困難ではないはずだ。

 しかしリリーは不満そうに首を横に振った。


「絶対無理なの。聖女に似合わないって、ダメっていうの」

「……お前、聖女なのか?」

「うん。でも教会のお手伝いをしてると、街の子たちが美味しいもののお話をいっぱいしてるのが聞こえるの。だからずーっと食べたかったのに、えらい人はみんなダメって聞いてくれないの」

「給金で買うことも止められていたのか?」

「リリーにはお給金はないの」


 きっぱりとリリーが言ったことにクロウは驚いた。


「子供だからだめなんだって。一杯お仕事をするのは徳を積ませてもらってるんだから、感謝しなきゃいけないんだって。リリーもお仕事いーっぱいしてるのに、えらい人ばっかりお金をもらっててずるいの」

「だからこその逃走か」

「うん!」

「ちなみに、どんな仕事なんだ?」

「奉仕作業以外のお仕事だと、病気を治したりしてるよ。リリーは怪我や病気を治せる治癒術が使えるの」

「ほう、回復術師か」


 魔界でいえば堕天使にそういう能力持ちがいることはあるが、極めて希少な能力である。人間でその能力を持つとなると、さらに希少性は上がるはずだ。


(確かに人間にとって聖女と呼ぶにふさわしい力だな)


 しかし聖女に不満を抱かせてどうするとクロウは思った。

 彼女をだしに教会は相当稼いでいるはずである。

 だが、金の成る木ならば相当厳重に警戒・警護されていたはずである。そこから考えると、いたずらっ子のような笑みを浮かべるリリーには少々計画性や他人を簡単に信用するという難点はあるものの、情報収集能力が欠如しているわけではないらしい。それが欠けていれば脱走すら難しかったはずだ。


(聖女が不当性を外部に訴えれば、教会は一気に信を失う。組織存続にかかる問題になると、奴らは考えなかったのか)


 しかし、そのような中で不満を抱き逃走したリリーをクロウはより気に入った。

 なかなか気概のある人物である。不満点を解消してやれば、今後大物になる見込みもあるし、手元においておきたい人材だ。

 

「リリーよ。我のもとに来るのであれば、お前はふさわしい対価を与えよう」

「え? リリー、クロウお兄ちゃんのところに行ってもいいの? それで、えっと……もっとクレープ食べてもいいの?」

「クレープに限らぬ。給金で好きなものを買えばいい」

「わあ……!!」


 クロウの言葉にリリーは歓声を上げた。

 これはずいぶん簡単に高い能力者を雇用できたとクロウは思った。


(癒しの力があれば、我が風邪を引いても心配はあるまい)


 基本的に身体が強いクロウは風邪などひかない。少なくともここ六百年ほどはそれらしき事態に陥ったこともない。だが、万が一引けば人間の薬でどうこうなるようなやわなものではない。

 そんな中で常駐の癒術者を確保できるのであれば、それに越したことはない。


「あ……でも、教会の人、たぶん教会の人、リリーを追っかけてくるよ。クロウお兄ちゃんに迷惑かけるかもしれないの」

「我に手を出せる輩などおらん。そんな者が現れたとして、我に触れる前に追い返してやるわ」


 追いかけてくるだろうことくらい、クロウにとっても想定内だ。

 聖女に給金を支払わず奉仕を求め続けるほどにがめついならば、あっさり金の成る木を教会が手放すわけがない。

 しかしクロウもクロウで、その程度の人間に負ける想定など一切ない。


(だいたい、聖女に愛想を尽かされるような組織だ。まともに探そうとしている者など、利権を貪っておる上層部程度ではないか)


 下は適当に仕事をしているふりをしつつ、サボっている姿がクロウの脳裏には浮かんでしまう。


「本当に大丈夫なの?」

「ああ。我はあの屋敷に住んでいる」

「えっ、本当!? お城なの!?」


 驚くリリーにクロウは頷いた。


「じゃあ……リリー、クロウお兄ちゃんのところで働く! よろしくお願いします!」


 それにはクロウが満足できる程度の意思が感じられた。


「よかろう。ならば……そうだな、まずは医師の指示に従い研鑽を積むが良い」

「お医者さんの? リリー、そんなことしなくても怪我も病気も直せるよ?」

「だが、それは使用回数に制限があるだろう。それに、通常の処置で治る者にそのような術を施す必要はない。まぁ、好みでいい、適正がないというのならほかの仕事もあとから探せばよい」

「わかった! リリー、頑張ります!」


 あっさり納得されたことは、クロウにとっては手間がなく楽な状態だ。


(……まあ、当分は医師としては使えまい。だが、将来への投資と我の保険だと思えば十分だ。給金も相応に与えねばならんが……いかほどが妥当なものか)


 この辺りは帰ってから執事や医師と相談するべきことだろう。

 ただ今後のことを考えれば医師にはその仕事だけではなく、コロッと騙されることがないよう常識も教えるように手配しなければいけないと思った。

 なお、この後クレープを食べたクロウは翌日、さっそく料理長にデザートとしてクレープを要求しつつ、また街に行かねばならないと決意を固めた。



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