*第五話のおまけ 王様相手に喧嘩を売ってしまった件について。
(なんて相手に、俺らは喧嘩を売ってしまったんだ!!)
そう男が感じたのは、仲間が見えない力で吹っ飛ばされた時だった。
カモになりそうな相手を見つけたので、いつもの通り近づいただけだった。
それなのに、喧嘩だけは誰よりも強いはずの仲間が紙飛行機のように飛ばされた。
そんな離れ業をやってのけたのは痩身の男だった。
黒い服に黒い髪、黒い目、それから赤い果実飴と屋台で渡されるような紙袋を持っている。
果実飴を大の大人が食べながら歩くというのは珍しかったが、身なりは良い。
おそらく貴族なのだろう。
そう踏んだ男たちは少し生活費をわけてもらおうと少し脅して……見事に返り討ちにあった。
殴り飛ばされたなら、まだわかる。
蹴り飛ばされていても、まだわかる。
もちろん『そんなことは起こらない』と見当をつけて相手にしたので、予想外といえば予想外で驚きはしただろう。
だが、痩身の男は一歩も動かずに男の仲間を吹き飛ばしたのだ。
(まさか魔法使いの類だったのか……!?)
そう判断した男にはもはや仲間と共に超人じみた力に逃げるしかできなかった。
魔法使いという超人など、この世界においては一生涯会うことがないのが普通である。
ましてやこのような裏路地などで出会う相手ではない。せいぜい大国の宮廷にいる程度のはずである。
今日は世界でも類を見ないという『聖女』も拾ったが、まさかこんな者にも会うなんて想像していなかった。まさか『聖女』を探しにきた使いの者なのかと思ったが、果実飴を食べていたことを考えれば別なのだろう。
ならば、逃げ切れば再び会うこともないはずだ。
曲りくねり、そして交差も激しい裏路地を始めて見るものがそう簡単に追いかけられるわけがない。
そう考え全力で逃げてたのだが、魔法使いかもしれない男は涼しい顔をして追いついてきた。
男たちがアジトに入る前にはそのような気配はなく、振り切ったと安堵しただけに訪れたのは絶望だった。
しかも魔法使いかもしれない男は、体術もこなせるというのは反則だと男は思った。
(こんなの……もう全滅するしかないだろ)
相手の動きが見えないくらい早いのだから、戦えるわけがない。
この裏路地に流れ着いてからは負けたことなどただ一度もなかったが、そんな慢心に足下を掬われたーーなんてレベルの話ではない。
どうやっても勝てない。
それはわかる。
一つの失敗が身を滅ぼすことをしていた自覚はある。
だが、今日そんな時が訪れるなんて思いもしていなかった。
だが、魔法使いかもしれない男が発したのは存外手ぬるいものだった。
要約すると、この辺りの治安維持に努めよと言われたらしい。
しかも法に関わるような揉め事を解決したり、報告したりすれば報償金が出るらしい。
(思った以上の大貴族なのか……? というか、バカなのか……?)
ならず者がそのような命令を聞くと思うのか?
しかしそう考えた男は、すぐに相手の言うことが正しいと思わずにはいられなかった。
(この男を相手に、自分が刃向えるわけないだろ)
こんなことをして、気づかれれば今度はどうなるかわからない。
温情を与えられていると言うのに、それを自ら無にするほど男は自分の能力を信じていない。
(しかし、ほんとうに何者なんだ)
魔法使いだろうことは確実だろうと男は思ったがーーそこで相手はとんでもないセリフを口にした。
「我はこの街の城主である」
本来ならば首を撥ねられていてもおかしくなかった状況に、男は青くなった。
少し前に城主が交代したらしいという話を聞いてはいたが、新城主がこのような若い相手……それも自分と対して年齢が離れていない、むしろ年下に見えるだろう相手だとは思わなかった。
しかし、この短時間でも男が異様な能力を秘めていることは理解した。
嘘ではない。
目の前の存在はあまりに強大だ。
(あの飴は身分を悟らせないためのカモフラージュだったのか……?)
そしてこのような裏路地に単身で乗り込む破天荒な王など、自分のような者では勝てないと男は悟った。
(尊大であり、温情があり、実力がある。これが覇者の器というものか)
生まれた境遇に不満を募らせ、正しい道に背を背けた自分とは大違いだ。
せめてこの王の言うことを聞けば、多少自分もましにはなるのだろうかと男は思った。
(いや、この温情もきっと更正させてやろうとのお考えからのはずだ)
どうせ、本来ならば今日一度死んでいたはずの命である。
命令くらい、喜んで引き受けよう。忠誠だって誓う。
ーーそう思ったが、なかなか口はうまく動かなかった。
いくら優しい心を持っていると知っていても、やはり見えない圧には敵わない。
だが、今後もし再び会うことがあれば、しっかりと返事ができるようには努めておこうーーそう男は思っていたが、直後、拾ってきた『聖女』を王が見つけてしまったため、部屋の中に殺気に近いものが充満したように感じた。
経緯を正直に話し、何とか王には納得してもらったが、男は誓った。
もう、二度と悪いことはしない、とーー。