*第二十話 魔王様への質問責め
偽魔王の件が片付き、ライトがクロウの配下に加わってからしばらく経った。
一騎打ちのようなことをして後頭部に軽く衝撃を与えたことを気にしたクロウは度々ライトと面談しているが、ライトの様子はあまりそのときから変わることがなかった。
(……妙に我への忠誠心が高い以外、特段異常は感じられない。もしかして、あれか? 子鴨が初めて見た動くものを親鴨だと思うような、刷り込みか?)
元自国の王はろくでもなかったので王だとカウントできず、初めて見た王がクロウなので懐いているのかとクロウは考えたが、なぜ懐くのかは直接聞くことはできない。
(我の立場から尋ねれば、『馴れ馴れしい』と咎めているように誤解されかねん)
クロウとしては、懐かれるのは大いに結構なのだ。ただ、それが何らかの異常が原因でさえなければなのだが。
(医者も妙なところはないと言っていたし、そろそろ気にせずとも問題なさそうだな)
そんなことを考えていると、執務室のドアがノックされる。
「お呼びでしょうか、クロウ陛下」
「ああ。……勇者よ、今の生活に不便はしていないか?」
クロウへの崇拝度合いを気にしないとするにしても、国が違えば風習が違うこともある。さすがに魔界との習慣ほど差はないと思うが、ストレスを溜められては大変だ。
(勇者にストレスを与える者が国の頂点に立つなど、国民の評判を悪くしかねない)
事実、勇者を冷遇したとしてギリラウ国は現在絶賛悪評上昇中だ。
ギリラウ王国は最近になって勇者ライトによる魔王討伐について公表した。
もっとも、本当は勇者が去るのであれば公表はしたくはなかっただろう。だが魔王をライトが倒し緘口令の理由としていた『国民の不安を煽る』との理由がなくなったため、村人たちが王に対し補償を求め始めたのだ。
それを本来なら『なかったこと』にしたいギリラウ国ではあるが、生憎隣国の王が同行して討伐しているとなれば虚偽の公表もできなくなったらしい。それはクロウがトドメと言わんばかりに『聖剣を持つ勇者、ライトと共に魔物を倒した』と外交文書を送ったことも効いたのだろう。
(しかし豚や鶏等の補償は、我が立て替えてすでに勇者が支払いを終えているはずだが……まあ、ふっかけたくなる気持ちがわからんでもない)
討伐軍が出されないということで不安を抱いていたということを勘定すればそのくらいは当然だという思いもあるのだろう。それはライトに八つ当たりをぶつけていたからといって解消されるものでもない。
クロウはその状況を鑑みて、改めて『あれの国王は度を過ぎた阿呆であった』と思った。
そんなことを思い浮かべていたクロウにライトは深く頭を下げた。
「お気遣い、ありがとうございます。私も含め家族全員、なんの不便もなく生活させていただいております」
「そうか」
遠慮をしている風ではない。
「騎士としての生活にはまだまだ慣れぬことも多いだろうが、なにか不自由なことがあればすぐに申し出よ。対処する」
しかしそう言ったところで、わずかに視線が泳いだ。
「なんだ、何かあるのか」
「あ、いえ。その……困っていることではないのですが……」
「この際だ、言え」
中途半端に口をつぐまれては気持ちが悪い。
少し呆れたような口調でクロウが言うと、ライトは深く頭を下げた。
「では……恐れながらクロウ陛下。お願いがございます」
「なんだ」
「どうか、今後は勇者ではなくライトとお呼びいただけませんでしょうか。勇者とは勇ましき者のことを指しますが、私にとっての勇者はクロウ陛下でございます」
ライトの言葉にクロウは咽せかけた。
魔王として長い時を過ごしたが、勇者だと崇められたのは初めてである。
しかも大真面目に言っている相手が本物の勇者だというのだからへんな話である。
だがライトの目はこの上なく真剣で、決して冗談を言っているわけではない。
何でも言えと言った手前、クロウがライトと呼ぶことくらいは支障ない。
ただ純粋に『クロウのほうが勇者に見えるからそう呼んでほしい』と言われることに対しては多少抵抗があるが、断るほどの理由にはなり得なかった。
「……了解した。今後はライトと呼ぶ。これでよいか」
「ありがたき幸せ」
(幸せの基準がわからない)
クロウは純粋にそう思ったが、それを強く望むのであれば否定が必要なほどの事柄でもない。
「では、我のようは終わった。下がってよい」
「はい」
そしてライトは去ろうとしていたのだが、そこで思い出したように振り返った。
「あの、クロウ陛下。もうひとつお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんだ」
「陛下はお酒はお好きでしょうか?」
「あまり飲まぬが、嫌いなわけではない。あまり飲む機会には恵まれなかったが、興味自体は持っている」
なにせ下手に酔い潰れれば自分の首が危険に晒される。
適度に嗜む程度のことはするが、基本的には飲まないのではなく環境的に飲めなかった正解だ。
「畏まりました。でしたら、今度いくつかよいものを探して参ります」
「それは有難いが、あまり気を使わずともよい。新生活で金も入用だろう」
「いえ、私がしたいと思っているです。させてください」
そしてライトは去っていった。
(……これは人間でいうところの『恩返し』というものか)
魔界にもまったくない文化ではないが、お礼参りのほうが盛んである。
「平和だな……」
そう、クロウは誰もいなくなった執務室で呟いた。
***
しかし、その日を境にクロウはやけに自分の好みを聞かれることが増えたような気がした。
まずは同日、昼下がりのことである。
ルーシーが休憩用の茶を用意しながら、クロウに尋ねた。
「クロウ様。今までお召し上がりになられた甘味の中で一番お好きなものはどのメニューでございましたか?」
「どれも美味いと思っているが」
「それはとても嬉しいことです。ですが、強いて言うなら……という順位付けでも構いませんので、お聞かせ願えませんか」
今までルーシーからしきりにこのようなことを聞かれることはなかった。
だが、ルーシーはどこまでも真剣だ。
「……強いて言うなら、果実が多いものは特に好みだ。ただ、毎日食べれば別のものも食べたくなるとは思うが」
「果実ですね。私もとても好きです」
ルーシーの表情はそのとき、とても満足感を得たようだった。
まるで『ひと仕事終えた』とでも言わんばかりの雰囲気である。
(何なんだ……?)
しかしそれはルーシーだけでは終わらない。
「クロウ様お兄ちゃん、このお花とこのお花ならどっちが可愛い?」
「両方良いと思うが、個人的な好みは白いもののほうだな」
「クロウ様、お好みの食事はどのようなものでしたか。調理法もお好みはございますいか」
「どれも美味いと思うが魚介類が特に美味い。蒸す、焼く、揚げる……すべてにおいて美味いと思う」
「クロウ様、音楽はどのようなものが……」
「クロウ様、こちらとこちらなら……」
「クロウ様、この……」
「クロウ様、」
「クロウ様」
ひたすら続く質問の数々に、クロウは毎回素直に答えた。
けれど答えながらも疑問はどんどん膨らんでいく。
(本当に一体何が起こっているんだ……?)
個人情報がダダ漏れというのはこのような状況ではないかとクロウは思い始めていた。
(苦手なものではなく好みのものを聞き出したところでなんの弱点にもなり得ない。だから問題はないが……なぜか不気味だな)
しかしそうして頻繁に尋ねられていたことは、数日後にぴたりと止まった。
別に尋ねてほしいというわけではないので問題はないのだが、あまりに続いた後だったので不思議に思った。
しかし『なぜ我のことを聞かないのだ』などと聞くことはあまりにナルシストに思え、言うことはできない。
したがってクロウの疑問はただただ残ったものの、日々の業務に邁進しているうちに忘れて、そのようなことがあったことも気にならなくなっていた。
(ホテルの開業も間近、竜の化石の特別展も目処が立った。クロウ・グリーンについては入荷があれば即完売となる人気だ。今後も供給し過ぎないよう調整しつつ、市場に浸透させていく必要があるな)
少しずつではあるが、クロウは毎日昼寝ができるという野望が近づいている気がしてきた。
「さて、次はどのようなことを見つけ、我の未来の安定を手に入れるか」
決裁を終えた書類を重ねたのち、クロウは背伸びをした。
魔界では背伸びすら気を張らなければ襲撃を受けかねない行為であるが、なんの躊躇いもなくできるようになったあたり、少しは人間界に馴染んできたのだと思う。
「そろそろ夕食どきだな」
そうクロウは呟いたとき、ちょうど執務室のドアがノックされる。
「クロウ様。お食事の準備が調いました」
「わかった。行こう」
ルーシーの声に応え、クロウは部屋を出た。
そしていつもどおり食堂に向かうのだが、どうも食堂からは多人数の気配が漏れてくる。
珍しいなと思うものの、普段なら何もしなくてもわかる部屋の人数を感じ取れない。
(認識阻害の術か? ローズの奴、何を行なっている……?)
しかし軽く阻害されているだけで、特別妙なことが起こっている風ではない。
ローズも本気で認識を阻害しているわけではなく、どちらかといえば子供騙しの術で遊んでいる様子だ。
そのような相手の動作に本気で向かうのも大人気ないと思ったクロウはそのままルーシーに続いて食堂に入りーー。
「「「クロウ様、ようこそおいでくださいました!」」」
そして乾いた発砲音を発生させ、紙吹雪を舞い散らせる使用人たちに出迎えられた。
紙吹雪が舞う先では多数の料理と『クロウ陛下御即位の御祝い』と書かれた横断幕が掲げられていた。




