*第十九話の後 『勇者』が『魔王』に見た姿
ライトは自分が勇者だという事実を、未だに信じられずにいる。
『魔王』が現れたのはライトが住む村の近くだった。はじめの供物は豚や鶏など、用意ができなくはないものだった。しかしいずれ要求は上がると思い、魔王の出現を王都に伝え、村の保護と『魔王』の討伐を嘆願した。
その後王命で『魔王』の討伐隊が組まれたものの、『魔王』の居城は混沌としており、勇者でなければ『魔王』の城に入ることができなかったと報告を受けた。
『そんな、勇者など……どこにいるのですか!』
『わからん。が、この聖堂にある聖剣を抜けた者が勇者だと言われている』
そう神官から言われたライトは思わず祭壇に駆け上がり、そして聖剣を手に取った。不思議と温かみを感じる剣は、本当に特別な剣なんだとライトは感じた。
『よせ、それは気安く触れて良いものではない』
神官にはそう咎められたが、ライトはそのまま剣を引き抜いた。
そして、勇者が誕生したのだがーー。
(今思えば、俺は勇者として歓迎されてはいなかったな)
聖剣は勇者に与える。ただし勇者は自ら『魔王』を倒せる仲間を見つけ出し、『魔王』を倒すこと。『魔王』の出現については混乱の原因となるため、『魔王』に関する全ての事柄について緘口令を敷く。これは勇者も村人も、すべての国民が対象となる。違反を見つけるために騎士を村に派遣する。
それを伝えられた時、ライトは『魔王』の存在を伝えず協力者を得る事は不可能だと訴えた。だいたいただの猟師であるライトには資金もまったくない。
しかし、その訴えは軽く鼻で笑われた。
『聖剣を授けられながら、援助が足りないというのか? ならば聖剣を返すか?』
ライトにとってその剣は特別なものであると理解できた。
だからこそ、それ以上強く申し出ることはできなかった。
しかしその後、村に若い娘を求める要求が『魔王』から届いた。
村人たちは国からの救援要請に失敗したことをライトの責任だと言い、その責任としてライトの妹が生贄となるべきだと主張した。
そして考えた結果、ライトは国を越えた。
国内では相手にされることもない。
けれど、隣国ならばもしかしたら……と、願いを込めて。
そしてライトはそれまでの出来事が嘘のように、自分の話に耳を傾ける為政者に出会った。
王であるクロウは本物の魔王であったが、よほど人のことを想う立派な王であった。
その王の元へ、ライトは今日、家族とともに旅立つ。
「まさか、この村を離れることができるなんて……ライト、あんた、本当に王様に雇ってもらえるんだね?」
「母さん、安心して。クロウ陛下はとてもお優しい方なんだ」
「そりゃ、他国の猟師の話を聞いてくださる方なんだからそうだろうけど、まさか迎えまで寄越してくださるなんて……あんた本当は逮捕されて引き渡されるとか、ないよね?」
母は息子のことをなんだと思っているのかとライトは思ったが、そう思っても仕方がないと言えば、その通りである。
他国の王の使いがわざわざ猟師を迎えに来るなど、普通は簡単に信じられない。
「もう、母さん。兄さんを信じてよ」
「サーニ。でも……」
「どっちにしてもこの村にいるなんてもう御免よ。この国の王だって呪われればいいの。兄さんが魔王を倒したとたん手のひらを返すなんて、信じられない」
生け贄になる直前だった妹が怒るのも当然だと思うので、ライトもあえて窘めたりはしなかった。
ライトの魔王討伐は、あたりの空気の変化で証明できる。
だが、もたらされた報告を聞いた国王ははじめ魔王討伐の成果を国王の実績としようとした。
実は箝口令を引いていたが、国王がライトに聖剣とともに多大なる支援を授け、国軍とともに討伐させた、と。
そしてライトには金貨を渡し、口裏を合わせるように命令した。
だが、ライトはそれを断った。
『今回の討伐においてはヴィアンフェクリア国王であらせられるクロウ陛下にご同行いただいております。私だけを買収なさっても、無駄でございます』
『な、に……!? 他国の王が……猟師のお前に力を貸したと!?』
これはクロウから言ってもよいと言われたことだった。はじめライトはクロウの出入国記録への懸念からその申し出を断ろうとした。
しかし、クロウは難なく言ってのけた。
『記録など、これが何とかするだろう』
その『これ』とは堕天使であった。
幻影を作り出すことができる堕天使にとって、出入国の記録用紙を改竄すること程度ならば造作も無いことであったようだ。
さすがに他国の王を前に嘘を伝えられないと思ったらしい王はライトという英雄が国に誕生したと不都合な部分は隠して大々的に広報した。
そしてその後ライトに従軍の推薦を出そうとしたが、ライトは迷わず断った。
そして家族と共に国を出るとはっきり伝え、今に至る。
「村の人たちも勝手なものよね。なに、あのご機嫌取り」
「もうほっといてやれ。時間がもったいない。特にサーニは荷造りもまだ終わってないだろ?」
「うっ、で、でももうすぐ終わるから!」
そう言ったサーニは慌てて二階へ駆けてゆく。ライトもその音を聞きながら、最後の支度を整えた。
***
やがて、この辺りには立派すぎると言える馬車が村にやってきた。
御者は例の堕天使で、馬車から降車したのはローズだった。
ローズはライトの母と妹に挨拶をした。
「クロウ様の命により迎えに参りました。準備はよろしくて?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「そうですか。長旅になるかとは思いますが、お疲れになられた際は遠慮なく申し出てください。あなた方を万全の状態でクロウ様のもとにお連れするのが、私の仕事ですので」
このローズについて、ライトは初め美しくか弱い女性だと思っていた。
しかし、今はとんでもない手練れだと認識している。彼女自身の強さを見た訳でないが、クロウが精鋭として供に付けていたのだ。普通で済むわけがない。だいたい、あの自称魔王がおとなしく従っている……というより怯えながら従っていることからも察しがつく。
「道中、そして以降お世話になります、ローズ様」
「どうも。この私が直々に迎えに来ることになるなんて思わなかったけれど、道中理解したわ。馬車の運行には一切支障は与えないけれど、すこし外は騒がしくなるわね」
「もしかして、国王の手の者でしょうか」
「おそらく。よほどあなたを出国させたくないのでしょう。そこかしこに見張りがいたわ」
それを聞いたライトは苦笑した。
「お手数をお掛けします」
「別にあなたのためではないわ。クロウ様のためだもの。でも、あなたは思ったよりも面倒だと思っていなさそうね?」
「もちろん理不尽だと思っていますが、いただいた剣をお返しする気がありませんので、少しは我慢しようかと」
そもそも渡されたときも貸すのではなく与えると言われていた。だからすでにこれは自分の物だとライトは思っている。相手にそのつもりがなかったとしても、純粋な報奨金もなにも出ていないので、その代わりだと考えていた。
「まぁ、面倒でもそうでなくても、こちらには来てもらうからかわらないのだけれど。クロウ様のために存分に働いてちょうだい」
そう言ったローズに、ライトは力強く答えた。
「もちろんです」
どのような仕事が待っているのか想像はできないし、クロウの期待に応えられるかはわからない。しかし、ライトは純粋に自分にとっての勇者ともいえるクロウの役に立てるよう精一杯努めようと思っている。クロウなら不可能なことを命じたりはしないと確信を持って言えるのだから。
(自分自身のためと謙虚に仰っている上、私が不敬にも決闘を挑んでも受けてくださり、そのうえ治療を命じたことを気遣わせないために荷物運びを命じてくださる。そんなあの方にお仕えできるのは幸運だ)
そしてライトは喜びを胸に抱き、家族と共に故郷を発った。
二度と戻らない故郷に未練はない。
ただ、希望と期待だけがこの先に待っている気がしていた。