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*第十九話 偽魔王の結末


「……私がこの者を使役……ですか?」

「ああ。賠償させようにも、この堕天使が金を持ってるわけがない」 


 クロウは戸惑うライトに言い切った。


「しかし実質的に被った被害に賠償を加えて支払わせるなら、労働させるしかないだろう」

「ですが、私がこの者を使うのはあまりに目立つ外見をしていると思うのですが……」

「どうせこの者……この堕天使を見た者はまだいない。幻影を使えるのなら、その邪魔な羽程度隠せるはずだ」


 クロウにとっても、ライトにこの堕天使を任せるなら悪くはないと思う。

 ライトは「堕天使……」とクロウの言葉を繰り返していた。


(つまみ食い程度で追放する天界では合わんかもしれんが、その程度ならば夕食の品数を減らすなどといった処罰で問題ない)


 それに強者に対して絶対服従とでもいわんばかりの雰囲気なので、直属ならば大きな問題も起こさないだろう。


「こんな奴でも、役に立つこともあるかもしれん。お前は私に仕えると言った。配下の配下も私の配下だ。給金は私が出そう」

「よ、よろしいのですか?」

「ああ」

「そ、それでは……私は殺されないということですね!?」


 クロウとライトの話がまとまったところで感激した堕天使は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 ライトはその堕天使に向かって、強い口調で言い放った。


「自分が引き起こした損害に対する代償はしっかり払ってもらおう」

「あ、ありがとうございます、魔王様、配下様!!」

「……私は勇者だ」


 ライトの声に堕天使は固まった。


「え、なぜ、魔王様と……勇者、が……? え、あの、どういう……」


 しかし考えがキャパオーバーしてしまったのか、ライトとクロウを交互に見ていた堕天使はその場に泡を吹いて倒れた。

 クロウはそれを見て小さく呟いた。


「……静かになったことだし、持って帰るか」


 事件は解決し、新たな配下に勇者を迎え、その部下として堕天使も手に入れた。堕天使が本当に役に立つかどうかはわからないが、使えないならば庭の草むしりでもさせればいい。


「あの、クロウ陛下」

「なんだ」

「陛下は、魔王でいらっしゃったのですね」

「ああ、そうだ。引退したため称号としては正しくないが、力は当時と遜色ないはずだ」


 ライトははっきりとした返事に眉を寄せた。


「クロウ陛下は民のためを思い、国を治められています。ですので、私たちが想像していた『魔王』という存在とは別物だと思います」

「我は我が住みよいようにしているだけだ」

「クロウ陛下が仰るのでしたら、それが正しいのかもしれません。ですが……クロウ陛下が魔王の力を持っていらっしゃるのでしたら、どうしてもお願いしたいことがございます」

「なんだ、言ってみろ」


 配下に加えるなら、ひとつくらい望みを聞いても問題ない。

 それを聞き届けるかどうかは内容次第だ。


「ありがとうございます。では……どうか、一度お手合わせを願えませんか?」

「ほう?」


 あまり想像していなかった内容にクロウは少し驚いた。


「もちろん、私の力がクロウ陛下に一切及ばないことは想像できております。しかし、どれほど力の差があるのか肌で感じたいのです」

「負けると理解していてなお、戦ってみたいのか?」

「はい。クロウ陛下はとても慈悲にあふれた御方であります。ですが、ほかの魔王が……本当の魔王がこの地に訪れた際、私にも戦うことが必要です。その時に備え、私がどれほどの力をつけていなければいけないのか知りたいのです」

「なるほど。実に責任感の強い勇者だな。よかろう、受けて立とう」


 そしてクロウはライトと距離を取り振り返った。


「好きなタイミングで来るがよい」

「では……行きます」

 しかし、その決着は一瞬だった。

 クロウに向かって飛び込んできたライトの後ろにクロウは高速で回り込み、首に手刀を落とした。ライトはそのまま意識を失う。


「……速度は悪くない。たが、まずは我に剣を使わせるところまで精進せよ」


 確かに勇者の卵なのかもしれないが、まだまだ剣士としての力はない。

 クロウは思う。


(よい拾いものをした)


 もし既にライトが勇者として完成していたら、クロウに援護など求めなかっただろう。

 先ほどの対峙も真剣ではあったが、殺意や害意はない。これから先、よい仕事をしてもらえることだろう。


「さすがでした、クロウ様。ここまできて何も見られずに帰るのかと、一瞬思っておりましたが……幸せです」

「クロウお兄ちゃん、強い! すごい!」


 ローズとリリーの声でクロウは振り返った。


「クロウお兄ちゃん、こっちのお兄ちゃん、お怪我治してあげてもいいですか?」

「ああ。倒れた折りにコブもできている。治してやれ」

「はーい!」


 そしてリリーが癒しの力を使うと、ライトがすぐに目を覚ました。ただ、少しぼうっとした様子ではあった。ダメージは回復しても、倒れたことすら認識できていなかったので状況が把握できないのだろう。


「目覚めはどうだ」

「え……? あ、あの、失礼致しました!」

「咎めてはおらん。そして介抱したのはリリーだ」

「それは、ありがとうございます」

「大丈夫だよ。もう痛くない?」


 リリーに尋ねられたライトはもう一度礼を伝えた。

 それからクロウの方を向く。


「ありがとうございます。自分の力を認識できました。大変、お手数をおかけいたしました」

「別に気にしていない。だが、お前には今から仕事がある」

「そ、それはなんでしょうか」

「その堕天使を持って帰らなくてはならない。意識が無いものはそれなりに重いが、任せてよいか」


 もっとも国境越えの際には再びクロウたちは正規ルートを通らないので、一旦クロウが預からざるを得ないのだが。

 少し面倒だがそれくらいは仕方がないとクロウが考えていると、ライトは吹き出した。


「……どうした?」

「い、いえ。失礼いたしました。その荷物運び、喜んでお引き受けいたします」


 荷物運びをなぜ満面の笑みで引き受けられるのか、クロウにはなかなか理解しがたかった。しかし喜んでいるなら困ることは何もない。


「クロウ陛下。私、一度この者を運んだ後は国へ帰りますが、家族を伴ってすぐに馳せ参じます。どうか、受け入れてください」

「ああ、待っている」

「どうか、お役に立ててください」


 なぜかこの場に到着する前よりもライトの自身に対する信頼度があがっているように感じられた。


(偽魔王討伐は達成となったが、それだけでこんなに上がるものか……?)


 しかも本当に弱い自称魔王だった。そしてほとんどクロウは力を遣わなかった。

 それなのに、なぜ輝く目で見られているのか……?


(もしや、先程の我との戦いで妙なところを打ったか……? 少し経過観察も必要か)


 思えば、当初よりかなり好意的に見られていた記憶もある。だから問題ないとは思うものの、もしも何かがあればそちらのほうが余計に面倒だと思わずにはいられなかった。



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