*第十七話 『魔王』の根城
それから、休憩を挟みつつ半日が経った頃。
「……抜け道など、使われましたか?」
そんな驚きの声がライトから発せられた。
現在地は国境となっている大河の側だ。
本来なら城から二、三日はかかる場所である。
「……道などどうでもよいだろう。早く辿り着いたなら、それに越したことはない」
否定も肯定もしないが、大方リリーの力とローズの力の合わせ技で馬がかなり早く移動できたのではないかとクロウは思う。
(リリーなら馬を回復させられる。ローズは馬の動きを早くすることもできるだろうしな)
よく一緒にいる辺り、二人の相性はよいのだろう。だが、こんな力の使い方で移動を早めるとは思わなかった。
「さて、もうこの先が国境沿いですが……どうしましょうか?」
ローズの言葉にライトは首を傾げた。
「え? 出国し、現場に行けばいいのでは……」
「それはあなたしかできませんよ」
ローズの即答にクロウも納得した。
「我が領土から出るとなれば、何事かと混乱を招きかねないな」
あっさりとクロウはそう言ったが、実際には出国に際する身分証を三人とも発行していないので押し通ることになる。それはそれで問題だ。
「で、ではどうなさるおつもりで……?」
「こっそり出国する」
「こっそり……?」
「ライト。貴様は普通に出国しろ。我らはその間に向こう側で待っている。あちらで入国した後は川沿いに少し下ってくれ」
そう言うとクロウはリリーを抱き上げた。
そして「え、あの」と戸惑うライトを残し、木々の陰へと進んでいった。
「では、渡るか」
通常人間だと出国審査を受けた後、大河にかかる橋を渡って隣国に入国する。
しかしクロウたちは何もないところで地を蹴り、反対側まであっという間に渡った。不法入国ではあるが、柵すらない対岸へは予想通り誰にも気付かれることはなかった。
(こちらもあちらも、少し警備に難があるな。要所を洗い直し、不足を補わねばならんかもしれん)
不法入国をして申し訳ないという気持ちはないが、防備のことはしっかりせねばと感じてしまった。もっとも、このような入国方法ができる人間もそうはいないと思うのだが。
それからしばらくしてライトがやってきた。
「えっ!?」
「何を驚いている。はやく行くぞ」
「え、ええ」
ライトは「王族専用通路があったのか……?」と小声で呟いていたか、面倒くさいのでクロウがあえて説明することはなかった。
「それより、気になることがある。この国境沿いを下れば魔王がいると聞いているが……その割に、人々は普通に行き来しているように見えるが」
書類上でしか行き交う人数は見たことがない。けれど、その平均に比べて少ないのかと言えばそうでもない。
そして人々にも不安があるようには見えず、本当に『魔王』がいるのか怪しく思う。
するとライトは表情を曇らせた。
「箝口令がでておりますので」
「ほう」
「いまのところ、魔王は供物を求めるのみで実害はでておりません。しかし、すでに供物を捧げいいなりになっている事実を隠そうと国王陛下はお考えなのです。それでも多少噂になったことはありますが、しょうもない噂程度に受け取られています」
「ちぐはぐした対応だな。しょうもない」
王のプライドがそうさせているのかもしれないが、それならさっさと倒せばよい。
それにも関わらず『勇者』に丸投げするのだから訳がわからない。
「ちなみに、その国王とやらはおまえ以外に討伐には向かわせたのか?」
「はい。ただ、その……近づくこともできず帰ってきたと聞いています。あまりの強さに、勇者でなければ近づけないと……」
「それだけ脅されても行くというなら、お前はなかなかのお人好しだな」
「まぁ……他人事じゃなくなっちゃったので」
そんな話をしながら川沿いを歩き、やがて山沿いに道は逸れる。
そこを途中で眠くなったリリーを背負いつつクロウは進み、そのうちおどろおどろしい見かけをした土地に辿り着く。
(ただ、見かけだけの壁紙だが)
薄くのばした魔力のような魔力を感じないわけではないが、魔界であれば『魔力がこれだけしかないのに、なんでこんな装飾に使ってるの』と笑われるようなものだ。
ローズも「趣味悪すぎるわ……」と呆れているし、この辺りの魔力よりも強い聖女の力を持つリリーも「お化け屋敷?」と不思議そうにしているだけだ。ライトも怯えるような様子もなく、「入り口までまだ遠そうですね」と警戒するだけだ。
だがそこからしばらく歩くとライトの想像とは異なり、あっという間に『魔王』の居住地だと思われる洞窟に辿りいた。
「勇者よ。一応現場に向かった国軍の人間は、屋敷があると言っていたのだな」
「は、はい」
「だが、どうやらこの中に『魔王』とやらはいるぞ。国軍はここまで来てはいないらしい」
「そ、そんな」
驚くライトの気持ちがクロウにもわからなくはない。薄々そのようなそぶりがあったとは言え、完全に丸投げされていると思えばクロウでも怒りたくなる。
ただ、そのような振る舞いを受けたライトが『はやく移住したい』と思うのならば、クロウには利益しかないのだが。
「しかし、まさか屋敷を持たずに魔王と名乗る者がいるとはな……」
みすぼらしいにもほどがある。
ついでに言えば、見栄だけではなく攻め込まれやすい洞窟をねぐらにするなど、本来の魔王とはやはり思えない。
(どうしても居城を築けないならば、この周りの演出を解けばいいだろう)
しかし攻め込むには格好の場所である。
入り口から毒物でも投げれば話は早い。爆発物を投げ入れても問題ない。
(だが、中にすでに人質が送られている場合は一緒に殺しかねないな)
一応引きずり出さねば攻撃はできないか。
そう思い直したクロウはローズとリリーを手招きした。
「少し頼めるか?」
「はい、どのようなことでしょうか」
「供物の女性になりきって、この洞窟に向かって語りかけてほしい」
女を要求しているならば、だまされてくれるかもしれない。
「かしこまりました。飛びっきり可憐な乙女でしたら、私が得意とするところです。リリーも、私が指導します」
「あ、ああ。頼むぞ」
どちらかといえば可憐な乙女よりも妖艶な美女のほうが似合いそうだと思ったが、本人が自信満々になっているなら水を差すようか真似はしない。
「勇者。お前は入り口の左側にいろ。そして、我と捕らえるぞ」
そしてクロウが洞窟の入口右側に行く。
中の気配に強いものはいない。
(しかし、コレで出て来たら大バカだが)
作戦を立てている身でありながら成功したらどう反応すべきか迷うと思うクロウは、それでも作戦変更することなく二人の演技を見守った。
まずはローズが自分の後ろにリリーを立たせ、洞窟に向かって声を発した。
「魔王様のご命令に従い、妹と共に参りました。お姿をお見せいただけませんか?」
「お見せいただけませんか?」
ローズの声に続いてリリーも可愛らしい声を上げた。
しかしローズは表情こそ初めは柔らかな村娘風だったものの、徐々にそれはひきつっていく。女優のように振る舞うにしても、相手に敬語を使うのはローズの性に合わなかったらしい。
(……ローズの限界が来るまでに出てきてくれ)
そんなクロウの祈りが通じてか、まもなくして洞窟の中から外に向かう足音が近付いてきた。




