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*第十六話 勇者と魔王の出発前


 翌日、城を発つ際にライトは驚愕の表情を浮かべていた。


 それも仕方がないことだとクロウも思っていた。なぜなら……クロウの足下には明らかに戦いには向かない幼女がいるのだから。


「あ、あの、クロウ陛下……。その、その子は……」

「すまん、驚かせて悪いな。この娘……リリーがどうしても行くと言ってきかなくてな……」

「リリー、昨日こっそり聞いてたもん! クロウ様、このお兄ちゃんと戦いにいくんでしょ? リリー、戦えないけど怪我は治せるもん!」


 そうして頬を膨らませるのだから、クロウも頬をひきつらせるしかなかった。

 もちろん置いていくという選択肢もあるのだが、リリーは教会から逃走した前科がある。置いていった挙げ句に逃走されると捜索が大変だ。


「リリー……? そちらの方はリリーさんと仰るのですか?」

「ああ」

「あの……まさか、聖女リリー様ではありませんよ……ね?」


 おっかなびっくりという具合のライトに返事をしたのはリリー本人だった。


「リリーはリリーだよ!」

「そ、そうですか」

「うん!」


 しかし、それでライトの疑念が晴れたわけではなさそうだった。


(隠しているわけではないのだが……タイミングを逃したな)


 別に教会の不当な扱いにリリーが不満を持ったため保護したと言ってもクロウにダメージは一切ない。

 だから言ってもよかったのだが、あまりのリリーの早さに一歩遅れてしまった。


「……まあ、邪魔をするような娘ではない」

「クロウ様がそう仰るなら……。ところで、ほかの方は?」

「ああ、もうすぐ来る。馬車の手配を任せている」


 そうクロウが言ったタイミングで、ちょうどローズが近づいて来たのがわかった。


「お待たせいたしました、クロウ様。出発の準備が整いました」

「揃ったな。では、行くか」

「え? そのほかの方は……」

「ああ、紹介していなかったな。彼女はローズ。今回同行する」


 そしてクロウから紹介を受けたローズは優雅に挨拶して見せた。


「初めまして、お客人。クロウ様の副官を務めています、ローズと申します」


 それは優雅で高貴な女性を思わせるような笑みだった。そのせいでライトは恐縮しきっている様子だった。


「あの、クロウ陛下。まさかこの女性も同行されるのですか?」

「ああ」

「しかしこのような華奢で美しい方が戦いの場に向かわれるのは危険です!」


 そう叫ばれてローズは目を丸くしていたが

やがて満足そうな笑みを浮かべた。


「あらあら、ずいぶん正直な方だこと」


 いくら誉められてもローズに飽きることはないらしい。

 ただ、少々今日の誉められ方には不満が残ったようだった。


「ですが、私は少なくともあなたより弱いとは思いません。何なら、今から戦ってみましょうか?」


 しかし目だけは笑っていないのは、彼女の中で格下に見られたと判断したからだろう。


(こんなところで諍いを起こすわけにはいかん)


 そう思いながら、クロウはひとつ咳払いをした。


「ローズは遠距離攻撃が得意だ。我が前衛、ローズが後方支援、リリーが回復担当をすればあとのバランスはどのようにでもなろう」


「では、私は……」

「好きに動けばよい。特にこちらからの要望はない」


 しかしクロウは説明しながらもローズが同行すると言ったのは意外だったと思う。

 ただ、ローズには自身が戦闘に参加する予定はなさそうではあるのだが。

 砂埃が服に付くのでイヤだ、日焼けはしたくない等と言うと思っていたのに、クロウが行くと言えばすぐに『ご一緒しますわ』と言ったのは昨日のことだ。


『来るのか?』

『ええ、もちろん』


 それはもしかしてクロウが怪我を負う恐れを感じ、助力を申し出ようとしたのかとクロウは一瞬思った。

 しかし、その理由は違っていた。


『だって、人間界に来たからにはクロウ様が武力でご活躍される姿は本当に貴重なものとなるではないですか。貴重な機会は逃せません』

『……は?』

『それに、お話聞く限り相手は強くありません。私が土埃をかぶる可能性など、無に等しいではありませんか』


 そんなことがあったので、一応ライトにはローズも戦うかのように話はしたが、実際には戦うとはクロウも思っていなかった。

 しかし先ほどのライトの発言でやる気……いや、殺る気に火がついたかもしれない。


(周囲の被害を出さないようにせねばならんな)


 かつて山一つ吹き飛ばしたこともある魔女であることを、クロウも忘れていない。


「では、行きましょうか」

「そうだな」

「え、あ、あの、陛下! まさか、ほかに人は……?」


 焦るライトに、クロウは短く言い切った。


「いらん」

「そんな。相手は魔王ですよ!?」


 間髪入れず反論されたことに、クロウは『やはりそうくるか』と思った。

 ライトは人間だ。人間の感覚であれば、もう少し援護を……要は人数を期待しただろう。

 実際クロウも少数精鋭は考えていたものの、まさかここまで少ない人数で行くつもりはなかった。

 だが編成を考えに考えているこうなった、というだけなのだが。

 しかし、ライトの反応にさらに早くローズが反応した。


「あなた、誰に向かってものを言っているの?」

「え……?」

「クロウ様で勝てない相手になんて、ほかの人間で勝てるわけがないじゃない」


 堂々と言い切るローズの姿にライトはたじろいた。その姿は勇者らしくないと言えるだろう。


「もう、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、喧嘩しちゃだめなの!」

「リリー」

「喧嘩する子は、お弁当食べれないんだよ!」


 まるで遠足に行くつもりなのかと言わんばかりの主張であるが、空気を変えるには十分だった。

 ただ、余計に謎の状況になった気もするが。

 ぽかんとしているライトに、クロウは声を掛けた。


「私は約束しただろう。勝てるだけの戦力は揃えようと」

「え、ええ」

「我もここを治める者として死ぬつもりはない。案ずるな」


 その言葉でライトははっとしたようだった。


「失礼いたしました」

「大したことではない」

「私の中で国王陛下のことを研究者であり武人ではないという印象が強くあったため、昨日もいただいた言葉を忘れておりました」

「……研究者? なぜそう思った?」


 不思議なことを言われたとクロウが疑問を浮かべると、ライトは深く頷いた。

「はい。陛下は新規染料の発見や温泉の開発など、様々な分野で活躍されているとお聞きしていました。ですので、てっきり武術の実技まで修められていると思っておりませんでした」

「むしろそちらは本業ではない。それに我だけの力でもない」


 むしろ温泉を掘ったのはクロウではなくローズであるし、ルーシーから情報提供が行われなければそもそも温泉の存在を知らなかった。


「我は我がよいと思うことをする。だが、何事も我がしなければいけないわけではない。むしろできる者ができるように指示をすることこそ、我には一番必要な能力だ」


 それこそ、クロウがこの世界に来た目的……楽をして気ままに昼寝ができる生活を送るためには必須の力だ。


「行くぞ。話ならば馬車の中でもできる」

「はい、陛下」


 そして馬車に乗るクロウにライトも続いた。


「……戻ってきましたら、ぜひ足湯を体験させてください」

「好きに使え。あれは訪れた者が自由に使える」

「はい。家族とともに、楽しませていただきます」


 そして、馬車は動き出した。

 クロウが乗るということで一番振動の少ない馬車が選ばれていたが、それはクロウにとってとても心地がよいもので、睡魔と戦うのが大変だった。


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