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*第十五話 魔王様はふたりいる?


(ちょっと待て。この辺りに我以外に魔王はおらんのだが)


 一体ライトはなにを言っているのか。

 クロウはさっぱり見当がつかなかった。


(確かに我以外にも魔界からどこかの魔王が来ても不思議ではないが……このようなところにくる者などおらんと思うが)


 なにせ、人間界は田舎だ。


 隠居先としてあえてクロウは選んだが、友好的な魔王にさえ「ないわー。いくら隠居っていっても、あんな魔力の薄いところ、ないわー」と言われたくらいだ。


(我の知らん魔王といえば、我の後に魔王となったミノタウロスくらいだが……それでもあやつの性格自体は知っている。来るわけがない)


 しかし勇者が魔王がいると言っているのだから、何かがいることには間違いないのだろう。


(まさか適当な獣を魔王と間違えているわけでもあるまいな?)


 もしそうだとすれば、過去その立場に立った者としてひっかかるものがある。

 そんじょそこらの獣と魔王を一緒にされては困る。

 困るというより、腹が立つ。


「……ひとまず詳しく話せ」

「お聞きいただけること、大変嬉しく思います。ありがとうざいます」

「そのような言葉はいらぬ。早く話せ。早急に対処せねばならん事柄かもしれぬ」


 場合によってはクロウ自身の実力行使も辞さないつもりだ。


「は……。失礼いたしました。民のためにもゆっくりする時間はありませんね」

「そんなに緊迫した状態なのか?」

「はい。魔王はこの国と、西にあるギリラウ王国の国境沿いに現れました。魔王はギリラウ王国の国境沿いの農村に食物、家畜等を要求きておりましたが、ついには若い娘を差し出せと要求しました」

「ほう」

「私はギリラウ王国より聖剣を賜り、仲間を見つけ魔王を討伐せよと命をうけておりました。が、それ以上の支援はなく……。大変ぶしつけなお願いと思いながらも、ご協力いただけないかとお願いにあがった次第です」

「なるほど。我も境界で起こることであれば動かざるを得ないと踏んだか」

「恐れながら」


 ここまで話して気がついたのは、この勇者は勇者としての素質はあるのかもしれないが、現状はまったく強くない。

 元魔王を前にして、まるで人間の王に願い出るように話をしていることからもそれは予想できる。

 そして、もう一つ。


「お前が勇者として聖剣を与えられたのは、最近のことか?」

「……はい。ギリラウ王国で『聖剣を抜けた者が勇者である』との宣言がなされ……私が抜いてしまった、ということでございます。それまでは猟師として働いておりました」

 それを聞いたことで合点がいったとクロウは思った。ライトは所作に慣れが無い。気を遣っているのはよくわかるが、貴族のそれではないのは感じられる。

 もっとも、所作について咎めるつもりなどクロウにはまったくないが。


(ギリラウ王国か。勇者に面倒事を押しつけて支援もやらんとは、捨て駒にもするつもりか?)


 ギリラウ王国は隣国であるが、友好的でも敵対しているわけでもない、普通の国であると書面上は見えていた。

 それは前城主が堕落していたこともあるだろうが、ギリラウ王国側の王が自分のことに専念していたためだろう。


(互いに私腹を肥やし干渉していなかっただけだな)


 なんと愚かなことかとクロウは思った。

 相手が自分のことに精一杯だというのであれば、そのうちに相手の利を奪い取ることもできただろうに、と。


「再度、念のために聞く。ギリラウ王国への援助願いはしたのだな?」

「はい」

「そして無碍にされた、と」

「……王は魔王が言う期限に間に合わねば私の妹を差し出すよう仰いました。それが嫌であるなら、討伐せよと」

「いわゆる人質か」


 もとが猟師というのであれば、それに従うほかなかったのかもしれない。

 しかしクロウは惜しいと思った。


(この男、鍛えれば使えんこともない)


 クロウは自身の持つ騎士団が少々力不足であることを理解はしている。

 制服を変え心機一転気分転換は出来たとしても、素材が不足しているのであれば効果的な強化とはなりづらいだろう。


(我やローズが赴けば力不足も解消できようが、我はサボりたくてここにいるのにそのような場へいつまでも行くわけにはいかん。ローズは力はあるが、土埃で汚れることを嫌う)


 つまり二人ともやりたくない仕事なので、気が進まない。

 その点、人間であり勇者であるライトを騎士団に所属させることができたならば、後々『安い買い物だった』と思えることもあるだろう。


(我が元魔王だと知れば対立の恐れもないわけではないが……こいつはおそらく借りを作った相手を騙し討ちできる性格ではない)


 出現した『魔王』を倒そうとしているのだって勇者としての使命等ではなく、やむにやまれぬ事情が有ってこそだ。

 ならば、むしろ手元に置いておいたほうが安心でもある。

 勝手な憶測を吹き込まれて刃を向けられるようなことがあると、ただただ面倒だ。


(少しふっかけてみるか)


 クロウはそう決めると、少し大げさに身振りをとった。


「ギリラウ王国から渡された物が聖剣一本ならば、こちらは盾でも渡せばよいのか?」

「そ、れは……」

「それでよいわけないな。お前がほしいのは戦える者だろう。……人命を求めるのであれば、お前はなにを差し出せる?」


 そう問われたライトは短く息を飲んだ。


「確かにこちらにも被害がでかねない状況かもしれない。だが、こちらはこちらで準備を整えてから出発しても国としての被害はない。むしろ急拵えの派遣の方が問題だ」

「……その、通りでございます」

「ただ、我も別にお前を見捨てたい訳ではない。王に謁見することを求めた度胸を評価し、力を貸しても構わない」

「で、では……!?」


 沈んでいたライトの声は急に弾んだ。

 クロウはそれを落ち着いたまま見て、ゆっくりと右手の人差し指を立てた。


「ただし、ただで力を貸すわけではない。魔王討伐の後、我が国へ移住することが条件だ。もちろん家族を連れてきても構わん」

「え? あの、それだけ……ですか?」

「仕事は斡旋しよう。この条件に納得できるなら、我がその魔王とやらの討伐に同行して構わない」


 その言葉にライトは目を見開いた。


「陛下自らお越しくださる、と……?」

「我が自ら赴いても負けん戦力があると言っている」

「そ、そんな危険なことを!?」

「我が身を案じるのか? 安心せよ、我が生き残れんような場所であれば、誰も生き残ることはできん」


 少なくとも、人間は。

 焦るライトに、クロウは余裕を持ったまま答える。


「そこまでしていただけるのは、なぜでしょうか」

「お前が頼んだからだろう」

「そ、それはそうですが……」

「それに我はただ働きをするとは言っておらん。お前が受け入れるか否かで実行するかどうか決まる」


 戸惑ったままクロウの雰囲気に飲まれたライトは、それでも返事を忘れなかった。


「も、もちろんでございます! むしろ、私は何も差し出していない……実質的に無条件と同じではございませんか!」

「ならば交渉成立だ」


 ライトはやや流されたといっても間違いでは無かったかもしれない。

 けれど、それでも言い切ったのであればクロウに困ることはない。


「期日までまだ時間はあるのか?」

「後十日ほどあります」

「ならば今日は休んで行け。我にも支度はある。明日、こちらを経っても十分間に合わせられるだろう」

「あ、ありがとうございます」


 交渉が成立したからか、ライトは拍子抜けしたかの様子だった。


「ああ、そういえば盾のことだが……それなりのものは用意できる。気に入れば使うがよい。剣はそれを持っているのだろう?」

「え!? そ、その、たとえ話であったのでは……」

「別にやらんとは言っておらん」


 持っているとはいえ、もとよりクロウは自身が盾を持ちながら戦うスタイルではないため無用である。

 ライトも使わない可能性はあるが、試しに尋ねてみれば相当驚かれた。


「まぁ、よい。後で届けさせよう。使用するか否かは自身で決めるがよい」

「何から何までありがとうございます」

「よい、気にするな。何かあれば我を呼べ」


 クロウはその後スティーブンスを呼び、ライトの疲れがとれるようにもてなすよう指示を出した。ライトは終始緊張した様子だった。

 そしてライトと別れた後は再び執務室に戻り、書類作業を進めた。


(魔王とやらの退治にいくのであれば、明日、明後日までに必要な書類は決裁を終えておかねばな)


 そしてそれらを終わらせた後、クロウは地図を机に広げた。


(話では、『魔王』とやらがいるのはこの辺りだったな)


 その位置をクロウはトントンと指でたたいた。


「まぁ、まずまず見えるか」


 クロウの脳裏に映るのは森の映像だった。

 それは地図上でクロウが指を叩いた場所である。


「『魔王』とやらの気配は……。……。……どこなんだ?」


 多少なりとも強い相手であるのなら、クロウにも見つけられる自信はあった。

 だが、あまりに平穏すぎる気配に首を傾げる。何かが隠されているという気配でもない。


(……これは、本格的に拍子抜けするような者がいるのではないか?)


 ただし、それならそれでとんでもなく大口を叩く者が見れる可能性がある。


「まぁ、コメディを見に行くものだと思って用意していくか……?」


 念のための用意はするとしても、少なくとも多くの供を用意する必要はなさそうだとクロウは思った。

 そう、あまり供を付けすぎると拍子抜けする結果になった際に『クロウ様は恐がり』などという評価を食らいかねないと思わずにはいられなかった。



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