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*第十四話 魔王様への来訪者


 その日、クロウは山積みになった書類を一つ一つ読んでいた。

 そしてその中の一つの書類を読んでいたとき、ふと手を止めた。

 それはクロウ・グリーンを使用したドレスの販売計画書であった。


「なかなかよいデザイナーが見つかったようで、なによりだな」


 そのクロウの声に、スティーブンスが柔らかく返事をした。


「ええ。クロウ・グリーンの布に加え、いま最も女性に人気のあるデザイナー。この組み合わせであれば、ご婦人方の興味はますます増すことでしょう」


 そこ言葉にクロウは驚いた。


「よく交渉ができたな」


 人気のあるデザイナーであれば仕事が詰まっていることだろう。人気と実力のバランスを見ながら打診してほしいとは言っていたが、一番の者を引き入れることができるとは思っていなかった。

 驚くクロウに、スティーブンスは緩く首を横に振った。


「その布を扱うことができたなら、そのデザイナーの引き出しも増えるとのことです。むしろあちらも仕入れのパイプを持つためであれば、多少予定を詰めてでも受けたいとのことでした」

「ありがたい限りだな。打診、交渉に当たったルーシーにも褒美をとらせよう」


 デザイナーとの交渉を買って出たのはルーシーだった。

 ルーシーが職務の範疇外であろうことに立候補したことにクロウは驚いたが、本人が強く希望したため任せることにした。

 もともとクロウは交渉はローズに任せるつもりだったが、そこまでやる気があるなら任せないという理由もない。むしろ人間界の流行を考えるならば、人選からルーシーに任せた方がスムーズにいく可能性もあった。そしてその結果がスムーズに纏ったというのであれば、文句のつけようもない。


(適性が多いのは助かることだ。側近に加えても問題がないかもしれんな)


 そんなことを考えながら、次は道路工事についての報告書を手に取ろうとしたとき、執務室のドアをノックする音が響いた。

 クロウの目配せでスティーブンスが対応する。

 入り口で若い使用人の男から用件を聞いたスティーブンスは使用人をそこに残したまま、クロウのほうへ戻ってきた。


「クロウ様、どうもお約束をしていない者がクロウ様を訪ねてやってきたようなのですが……」

「何?」


 クロウに来客があったというのは、いままでクロウが呼んだ者以外はほとんどない。というのも、クロウは国王だ。アポイントメントを取らずに会いにくるような者は普通いない。そして会いたいと言われても利を感じない限り時間を割くつもりがないクロウは、今のところ外部からの面会は断る方針を立てている。

 そしてそのことはスティーブンスもよく知っているはずである。

 クロウが断ることを知っているスティーブンスは、いままでも断る前提でクロウに意向を尋ねることならあった。けれど、今回に限っては歯切れが悪い。


「やってきたのは、隣国の勇者だと申しています」

「何?」


 勇者という者が人間の中で稀に生まれるということをクロウも以前より知っていた。

 勇者とは稀で特別な力がある剣……人間が聖剣と呼ぶ武器を持ち、魔族に対抗し得る力を持つ者のはずである。

 ただし対峙したこともなければ、その強さというのがいかほどの者なのかは一切不明ではあるのたが。


「それは本物なのか?」

「恐れながら、対応させていただいた使用人だけではなく私も本物の勇者というものを今まで見たことがございません。従って、判断することは困難です」

「そうか」


 スティーブンスの言葉も無理はないことだろう。稀な力ゆえに目にする機会がない。だからわからない。そのくらいなら充分あり得ることだろう。

しかしながら、聖剣を所持しているようであるとのことです」

「ほう?」


 そうなればクロウの中には疑問が浮かぶ。


(魔王退治にでもきたつもりか?)

 

 しかしそれなら、堂々とやってくるのはおかしい気がした。勇者というものは往々にして戦いに清らかさを求めると聞いたことはあるが、面会を求めて礼儀正しく城を訪ねるものとまでは考えていなかった。


(なにを考えているのか、まったくわからんな)


 そしてこれ以上考えてもやはりわからないだろうと判断したクロウは、ゆっくりと答えた。


「応接室へ通せ。話はそこでしよう」

「よろしいのですか?」

「ああ。礼儀には礼儀で返そう」


 本当は面倒だとは思っている。

 もうすぐ午前のおやつ時であるので、それまでに終わらせたかった仕事もある。

 しかし相手にしない方が面倒になりそうな肩書きを持つ相手だ。諦めるしかないだろう。


(まぁ、人間界にいる以上、一度は会っておいた方がいいだろうしな)


 勇者という者と対峙したことがないクロウは、強さの意味でも勇者の力がわからない。

 時間をとられることは手間だが、そう長く時間をとるわけでもない。礼儀正しく手荒な真似をするつもりというなら、さっさとお帰りいただくまでだ。


(しかし、魔王退治の勇者か。本当に我に用があるというなら、正面から乗り組んでくるなど愚の骨頂だ)


 そんなことを考えながら、クロウは謁見の間に向かう準備をした。


※※※


 そして、謁見の間でクロウは勇者を見た。


(赤毛の男だな)


 勇者は体の右側に剣を置いていた。聖剣というだけあり、普通の刃では持たない特殊な力を纏っているのは一目でわかる。

 そんな見たままの感想を持ちながら、クロウは低い声を出した。


「面をあげよ」


 そして、青年がゆっくりと顔を上げる。


(緑の、自然に愛された瞳だな。意志も強そうだが……二十に満たない子供か?)


 そして、驚くことに敵意がそこにはなかった。てっきり勇者というのだから魔王退治にでも来たのかと思っていたが、この雰囲気を見る限りそのような考えは抱いていないようだ。

 青年は上げた頭を軽く下げた。


「この度は突然の申し出にも関わらず、お会いいただけたことを光栄に思います。私、ライトと申します」


 それは心のある声であった。

 そして謝意はあるが、やはり害意や敵意はない。


「……よい。用件を申せ」


 これでそれらを隠しているならたいそうな演技力だとクロウが思っていると、ライトは弾かれたように顔を上げ、息をのんだ。

 そして、再び顔を伏せた。


「恐れながら申し上げます。この度国境沿いに出現した魔王の討伐に、クロウ国王陛下のお力をお借りしたく、お願いにあがりました!」


 その言葉に思わずクロウは目を見開いた。


「は?」


 その思わず漏れたクロウの間抜けな声に周囲には気づけないほど、ライトは深刻な空気を全身に纏っていた。



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