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*第十三話 魔王様の宿開き


 竜の化石を生きた時の標本になるように組み立て、ドレスや小物などでクロウ・グリーンの品物を増やしていた頃に、王都内の足湯施設が完成した。

 もともとは雑木林のような場所には悪霊が住み着いていたため、場所を決めた際に一掃するということはしたが、それを含めてもスムーズにことは運んでいた。

 そして開放日を前にクロウはローズの案内により温泉施設の視察にやってきた。

 そう、あくまで視察であり休憩がてらに入浴しようとしていたわけではない。表向きには、だが。


「……予想していたより立派な施設となったな」


 できあがった施設で足を浸しながらクロウは呟いた。その隣にはタオルを用意して立つローズが得意そうに立っている。


「魔石の量を調節し、足湯も温度を変えさせていただきました」

「それになかなかよい公園もできたな」

「ここで遊ぶ子供は将来の国力となるでしょう。そして大人はこの公園で気分転換を行って英気を養い、再び仕事に邁進することでしょう」

「ご苦労であった。職人たちにも褒美をとらせよう」

「もったいなき言葉、ありがとうございます」


 予定では明後日にこの場所を開放し、同時に小さな式典を行うことになっている。

 縁起物とされている菓子をジェフが作り、来客に配布するというものである。

 作ったものの誰もこないといった事態を防ぐために、まずは足を運ばせるというクロウの狙いからの指示だった。


「ところでクロウ様。この足湯でございますが、足湯だけに温泉の源泉を使うのはもったいないと思うのですが」

「なにか良い案があるのか?」

「はい。この向かいにある、クロウ様の別宅にもこの温泉をひきまして、普段からご堪能いただこうかと」


 その言葉を聞いたクロウは、そういえばそのような施設があったなとふと思い出した。

 おそらく前城主の街へのお忍び用の屋敷として用意されているのだろうが、クロウは一度見ただけで使う意味はないと感じていた。なにせ、城と街は余裕で帰れる距離である。それに、無駄に豪勢である。何人もの人間を泊めることができる場所が、なぜお忍び用の屋敷として用意されていたのか謎である。


(まあ、よからぬ遊びでもしていたのかもしれんな)


 何にせよ、この場に温泉を作るとなればクロウも使える。

 山に行くよりはここのほうが近いし、なにより屋内だ。露天風呂に抵抗があったクロウも、屋内であれば堪能できる気がする。

 そう思った時だった。


「クロウ様? どうなさいましたか?」

「いや、温泉を導入するというのであれば屋敷自体の内装も改装できればと思ってな」

「どのようになさるのですか?」

「宿泊施設にしてもよいかと考えている。まあ、詳しくは城に戻ってからだ」


 名残惜しいが、そろそろ城には戻らねばならない。


(これもいずれやってくる我の休息の日々の為だ)


 そして後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、クロウは城に戻った。


**


 そして帰城してからすぐ、クロウはジェフを自室に呼んだ。


「お呼びですか、クロウ様」

「ああ。宿を開設したいと思うが……その責任者となり得る、推薦できる料理人はいるか?」

「心あたりはございます。ですが、どのような客層をお考えですか?」


 それは料理人ごとに得意料理が異なるため、狙いがわからなければ具体的に推薦はできないということだとクロウは理解した。


「客人自体は富裕層だ。クロウ・グリーンを売り出すのであれば、それを求めてやってくる客もいるだろう。それなりにもてなしたい」


 そして宿でもそれなりの金額を落とさせ、さらにはリピーターになってくれればありがたい。

 遠くから王都にやってきてお金を落としてくれるのであれば、そしてそれが大きな金額であるのならば、クロウの懐も温まるというものだ。


(しかも温泉だ。我も時間があれば入ることもできよう)


 悪くはない。

 むしろ素晴らしい。

 自分の名前を冠した色の名前を口にするのは非常にむず痒いが、それでもこれが成功すればのびのびとした生活を送る足しになるのだ。


「……畏まりました。一人、厨房に繊細な料理を得意とする者がおります。少々なまりの言葉がある外国生まれの者ですが、その者を推薦します」

「意思疎通ができるのであれば問題無い」

「クロウ様ならばそう仰ってくださると思っておりました」


 しかし言葉とは対照的にジェフはほっとした様子を見せた。

 どうやら、緊張していたらしい。


(我は我が楽をするためならなんでもよいのだが)


 とはいえ、咎めるような言い方になれば余計に萎縮させてしまう。

 もともと大丈夫だという確率の方が高いと思われていたのだから、無闇に言わない方がいいだろうとクロウは判断した。

 ただ、持ち上げられたまま放っておくのもどうも慣れない。


「何にせよ、今後も意見があるならすぐに言え。考えるものを冷遇したりはせん」

「ありがたき幸せ。……ところでクロウ様。どうして宿のご相談を、一番に私に尋ねられたのですか?」

「どういうことだ?」

「いえ、内装や特典など……宿への改築に当たっては様々な用意が必要となりましょう。その中で、どうして私が最初にお尋ねいただいたのかと……」


 なるほど、戸惑うのも無理がないことかとクロウも理解した。

 だが、クロウもそれでも鍵を握るのは料理だと確信していた。特に、あそこを温泉宿とするのならば。


「温泉に入った後は、おそらく生まれ変わったような気持ちになれよう」


 なにせ、クロウは足湯だけでも生まれ変わった気持ちになっている。


「夢見心地でいるときに、出てくる料理は夢見心地でいられるものでなければならない」

「な、なるほど……」

「むろん、室内のことも大切だ。だが、単純な話になるがーー我が部屋よりも飯が好きなのだ」


 だからこそ、そちらを先にしなければならないと思った。居心地という観点ももちろん大切であるこもはわかるが、元々国王の所有物件だったというなら一定レベルは保証されている。


(ただ、それも緑を基調にしたものに変化させようとは思うが……)


 いずれにしても、詳細はセンスのよい者に任せればよい。幸い、城内は綺麗に整っている。少なくとも誰かセンスのよい者がいる故だろう。


「く、クロウ様……」

「どうした」

「以前より食事に関して気をかけてくださっていたことは存じておりましたが……一番お好きだとまでは思っておりませんでした」


 思っていなかったのであれば、正解だ。

 クロウはそのようなことは今も以前も言っていない。


(我は確かにかなり食事が好きだと思うが、昼寝というものの存在を知っている以上、そちらの方が好きになる可能性もあるしな)


 だが拡大解釈で勘違いをしてしまったらしいジェフは感動している。

 ただ感動されるのはいくらでも構わないのだが、それを他の使用人に話されてしまうと面倒かもしれないとクロウは思った。

 贔屓をしていこうというわけではないのだが、そう誤解されてしまうと士気に関わってくる気がする。そんなことが起こるのはよろしくない。


(ここは訂正せざるを得ないか)


 あえて気分を害することを言うのは気が重いが、正すべきものは正さなければならない。


「クロウ様。このことは私とクロウ様のみの秘密にしていただけませんか」

「……どう言う意味だ?」

「クロウ様は皆に平等に接してくださっておりますが、このことが伝われば妙な誤解を招きかねないと思いまして」


 その言い方の方がよほど誤解を招くとクロウは思った。

 だが大真面目に言うジェフに茶化すようなことも言えない。


(いや、だが結果的には……目的は違うとはいえ、伏せたいと言うことには変わりがない)


 ジェフも自分から言い出すくらいだ。絶対に言わない。

 それならそれでいいではないか。


「ああ、問題ない」

「ありがとうございます。これで、ルーシーに冷めた目を向けられずに済みます」

「ルーシー?」


 たしかにルーシーは大変よく働いているが、どちらかといえば真面目で自己主張は控え目なタイプに見える。しかし意外と不平をため込むタイプなのかとクロウが思っている中、ジェフは肩から荷が降りたような様子を見せる。


「ルーシーはクロウ様のお役に立ちたいと言う思いがとても強いです。もちろん我々もですがーールーシーがクロウ様が一番食事を好んでいると知れば、見習い調理人になりかねません。もちろんその道もないわけではないですが、あの子は今の仕事の適性が高いので、是非そのまま続けるべきかと思います」

「それは大袈裟だろう」


 なにをするかわからないローズではあるまいしと思いながらクロウが言うと、ジェフは緩く首を振った。


「私も若く、そして別の担当でクロウ様のお言葉を聞けばそう考えていたことでしょう」

「……そうか」


 これは人間ジョークなのか、リップサービスなのか、本気なのか。

 いずれにしても好意的であるのなら、問題はない。

 ただ、どうにもこうにもむず痒くて慣れないが。


「まあ、今すぐ何かが必要な案件ではない。いかんせん温泉自体を整備せねばならんからな。詳細は後日になるが、頼むぞ」

「お任せください。推薦だけでなく、私もご協力させてください」

「それはありがたいが……過労を溜め込むようなことがないようにな」


 料理長を倒れさせるような酷い労働をさせると、ほかの料理人から非難されかねない。もちろんジェフの料理が食べられなくなるというのもクロウにとっては問題だ。


「ありがとうございます、クロウ様。ですがクロウ様が開業されるホテルですから、いくら努力してもしすぎると言うことはないと思います」

「それで疲労を溜め込めば本末転倒だ。質が落ちる。他の者ともども、くれぐれもオーバーワークは避けるように。これは命令だ」

「……畏まりました。いつも私どもの心配までしてくださり、ありがとうございます」


 だが、クロウとしてはクロウの生活に支障を及ぼしそうなことを避けるためだけに言っているだけだ。


(以前ジェフと話したときはこれほど話にズレを感じることはなかったと思うのだが……。もしや、すでに疲れすぎているのか?)


 しかしジェフに仕事を強く命じたような覚えはない。

 ほかにジェフの疲れが出るといえば病気の妹のことが思い当たるが、ジェフの妹の具合も新たな薬が合ったようで体調もよくなっているらしい。


(年頃は知らんが、元気になったと言うのであればリリーと遊ばせるにはちょうどいいかもしれんな)


 だが、そうだとすればいよいよ思い当たる節がない。

 そして顔色を窺っても悪くはない。

 だとすれば、一体なんだというのか。


(まだしばらくはよく人間観察は深くしなければいけないな)


 たいした時間を暮らしていないので、それくらいのことは手間だとは思わない。ただ、その感覚が自分に果たしてつくのか……その自信はいまはまだなかった。


(まあ、なるようにはなるか)


 さすがに仕事をボイコットされるようなことになる前には異変に気付けるはずだ。いや、それに気づけないのであれば長年魔王も出来なかった。


(そう思わないと、やっていられない)


 自分自身が自信を持たなければ出来ることも出来なくなる。

 そう言い聞かせクロウは改めてジェフを見た。

 ジェフの目は希望に満ちているように感じられた。

 ただの中年の男性のはずであるのだが、その瞳は少年のようで……。


(いや、やはり人間はよくわからん)


 しかしよくわからないなりにも、魔界にいたときのような『絶対に相手の意図を読まなければ殺されかねない』というようなプレッシャーはない。そして、だからこそ『なるようになる』と思える。

 ただ、後回しにはできてもいつかは解決しなければいけないという意識だけは改めてクロウのなかには植え付けられた。


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