*第十二話 魔王様の特産品
しかし特産品になるようなものがあっさりでてくるのであれば、そもそもすでにそれが繁盛していることだろう。ならば、何か作らなければならない。
「ところで、クロウ様はどのような展示を考えていらっしゃいますの? 化石は組み立てるのですよね?」
「ああ。できれば復元模型を横に作ることができればなお良いと思っている。会場の背景には深緑系のカーテンを利用しようかと思うが」
もともと宝石のように煌めく化石だ。
できるだけ高級に見えるよう、カーテン生地も厚さがあるものを選びたいと考えている。
だが、クロウの言葉にスティーブンスが眉を寄せた。
「緑でございますか……」
「何か問題があるのか?」
「いえ、落ち着いた色合いなら問題ございませんが……緑は染料が少ないゆえ、鮮やかな色合いをご希望なさった場合は用意ができないかもきれません」
「どういうことだ?」
さほど難しくないだろうとクロウは思うが、緑の染料だけ不足しているというのは疑問が残る。緑だけが少ないのであれば、緑の染料も研究されるべきではないか。
しかしスティーブンスだけでなくルーシーやジェフの表情も渋い。
「かつてこの国で流通しておりました鮮やかな緑色の染料には毒が含まれておりました。私がまだ幼年の頃の話でございます」
「毒だと?」
染料を攻撃の手段にした経歴でもあるというのか。
そうクロウが考えると、スティーブンスは深刻そうに言葉を続けた。
「安価な染料で当時は人気が出たとのことですが……身に纏うどころか、壁紙やカーテンとして利用していた者たちが次々に倒れることになり、禁止されました。以降、代替品を作ることを模索しておりますが、当時ほどの色合いのものがまだできていないとのことで、緑は二流品との扱いを受けております」
「つまり毒物に勝る色合いのものでなければ、博物館の価値を落としかねないといういことだな」
「恐れながら、左様にございます。当時あの緑を見ていた者は減ってはきておりますが、その者たちが感嘆するような色でなければ、クロウ様のことも軽んじられる恐れがあります」
その色を見たことがある一人であるスティーブンスがそう言うのであれば、よほど見事ない色合いだったのだとクロウも想像する。
だが、それが諦める理由になるとは思わなかった。
だったら、購入しなければいい。
即ちーー。
「ないのであれば、作れば良い」
ただ、それだけだ。
「作ることさえできれば、高い値もつくだろう。作成方法は伏せ、我が領地の特産品とすればよい」
そうなれば、土産物の枠を越えて輸出もできるかもしれない。
その権益を独占できれば、今後しばらくは楽に過ごすための一手となりうるだろう。
しかし言い切ったクロウにリリーとローズを除く、要はこの国の状況をよくしる者たちは戸惑いの表情を浮かべている。
「お、恐れながら、どのような方法をお考えでしょうか……?」
クロウにたずねたスティーブンスを周囲は固唾を飲んで見守った。
クロウはその状況を見ながら、なにを怯えているのかと疑問を持ったが、少し考えて納得した。
(無理難題を吹っ掛けられているのでは、と感じているのか)
終わりのない見えないノルマを課せられるのではと恐れているのであれば、納得がいく。なにせ、この世界にないものを作れと言われる可能性があるというのだ。
だが、クロウはそんなことはしない。
もしもそんなことを命じれば、研究者が他国に逃げるかもしれない。そうなれば国力が下がり、クロウが求める『楽な生活』が遠ざかるだけだ。
ただ、クロウはその染色方法を知っている。
だから、そんなことを求める必要がない。
「簡単なことだ。掘り起こした竜の化石を使えば良い」
「か、化石ですか……!?」
「ああ。布を染色するのであれば、白い生地と化石を一緒に煮れば色が移る。赤の化石であれば赤、緑の化石であれば緑とな。先日の化石は赤であったが、展示用に増やすといっていただろう。その際に緑のものを見つけてこよう」
「そのような方法があるのですか……!! し、しかし、それでは化石の色が抜け落ちませんでしょうか?」
「その程度のことで外見上の色など変わりはせん。化石に宿る魔力が具現化して色彩を放っているだけだ、布の色を変える程度の魔力など、微細すぎてーー」
そう説明しながらも、クロウは周囲がぽかんとしている様を見て一旦説明を止めた。魔力を使っていない、そして感知できない世界に魔力のことを説明しても理解は困難だろう。すくなくとも、この場でサラッと理解しろというのは酷である。
「……詳細については担当の者と打ち合わせるようにしよう。とにかく、心配するようなものではない」
むしろ難しいことであれば、クロウもこんなのりで決めたりはしない。まだ戸惑う者もいる中、声を上げたのはリリーだった。
「えーっと、クロウお兄ちゃんは今あるのより綺麗な緑色の布を作るの?」
「ああ」
「リリーのお洋服も、綺麗な緑色の、買えるようになる……?」
「ああ」
「すごく楽しみ!」
あまり深いことを考えないリリーには、純粋に楽しそうだった。
そしてそれを見たローズが隣で「可愛いお洋服なら私に任せてちょうだいな。綺麗に仕上げて見せるわ」と自信満々で言っていた。
「うまく仕上がったとしても、過去の毒の色だと懸念する者もいるかもしれない。が、それを払拭できるよう方法も考えよう」
「たとえば……?」
「そうだな。騎士の制服にでも取り入れればどうだ。毒を着用させる君主もおらんだろう」
タイなど一部でもよい。
そう思いながらクロウが言うと、ルーシーがおずおずと切り出した。
「クロウ様。図々しいと自負した上で申し上げますが……ほんの一部でも構いません、私共使用人の制服にも一部取り入れることはかないませんでしょうか?」
「構わん。統一感がでるのであれば、取り入れるがよい」
「あ、ありがとうございます!」
やはり新しいものには興味があるのかと納得しながら、クロウは次にジェフをみた。ジェフもどこに取り入れようか思案しているようで、喜んでいるのであればなによりだと思った。
そして、そのジェフが「あ」と声をこぼした。
「ところで、名称はどうなさるのでしょうか?」
「ああ、そうだな。特産品ともなれば、既存のイメージを払拭するためにも必要だな」
しかし緑色に名前をつけるなど、クロウも考えたことがない。
無難に名付ける『何とかグリーン』などかと考えていると、両手をパンと合わせてローズが言った。
「それは決まっていますわ! クロウ・グリーンしかありませんでしょう?」
その言葉にクロウは吹き出しそうになった。自分の名前を冠する色など、控えめに言っても恥ずかしい。むしろナルシストのようである。
ただしせっかくの部下の提案である。
感情を強く出すことはせず、クロウは必死で抑えながら自らの意見を述べることにした。
「なにか別の……」
しかしそのような控え目な声など、一瞬でかき消された。
「わあ、お兄ちゃんの色になるんだね!」
「素敵です!! 響きも高貴てすし……!!」
「そうだな……。それを言われてしまうと、ほかに良い名は思いつかないな」
「でしょう?」
ローズは得意げだが、クロウの意に反している。
しかし使用人たちはローズの意見に非常に好意的だ。
(決して良い案であると思わない。思わないが……この反応は、どういうことだ? 私の感覚がおかしいとでもいうのか……?)
そんなことは思いたくない。
だが唯一言葉を発していなかったスティーブンスさえ納得しているのだから、クロウと同じ考えの者はここにはいないということである。
(う、嘘だろう)
期待を込めた眼差しを向けられているのは何かの間違いだと思いたい。
けれど状況はそれを許してくれず、クロウは腹を括った。
「……よかろう。名前は決定だ」
ときに自らの意見を貫き通すことは強さである。
しかし、この場面はそのような場ではない。
もしも自分の考えを押し通すのであれば、優れた名を示す必要があるだろう。
今のクロウにはそれがない。
(もしも……もしも、なんらかの不具合が出た場合は改名の手段も残っている。そうだ、一旦ここは様子を見る方が正解だ)
そう言い聞かせながら、クロウは心を落ち着かせた。
そして、どういう経緯だったにせよ、自らの名前を付けるのであれば本当に半端なものは出せないなと改めて認識した。