*第十一話 魔王様、会議を開く
その日クロウの命によりスティーブンスが集めたメンバーは、普段会議というものを開くことがないメンバーだった。
料理人のジェフ、メイドのルーシー、聖女のリリー、副官兼魔女のローズ、そこに執事のスティーブンス。
いったい何を話し合うのかと、特にジェフとルーシーは緊張した面もちだった。
そしてクロウも顔には出さないものの、内心困惑していた。
(できるだけ早い日程で合わせてほしいとは言ったが……まさか当日中とは)
これで反発が産まれては困ると思うも、すでに集まってしまったものは仕方がない。
「……では、会議を開催する。急で済まないな」
そんなつもりはなかったと気持ちを込めて言うと、ルーシーがすかさず口を開いた。
「いいえ、クロウ様。ここにいる者は皆、クロウ様のご要望を叶えさせていただきたいと思っております。ですから、謝罪なさることなどなにひとつございません」
この言葉をうっかり信じて好き放題にすればパワーハラスメントになるのでは、とクロウは頬をひきつらせる。
(むしろすでにそのようなことを思わせることを我はしたのか……?)
一切記憶にはないものの、厚い忠誠心を捧げられる覚えもない。
ひとまず反乱が起きないよう、これまでよりも少し気をつけようとクロウは思った。人間たちの考えはいまだ把握しきれていないが、快適な隠居生活には使用人たちの高いパフォーマンスが欠かせないことは確実だ。
「して、クロウ様。このたびはどのようなことで、召集いただいのでしょうか?」
「ああ、それは……なにかよい土産物の案はないかと思ってな」
スティーブンスからの問いにクロウが答えると、周囲は目を丸くした。
「土産物、でございますか?」
「ああ。先日発見した竜の化石を展示するため、博物館に別館を建設することとなった。そこで、それほど珍しいものであれば売店も併設し、展示物を連想する土産物を売ればどうかと考えた」
「土産物……」
「だが、我は人間の好みがよくわからん。様々な立場からの意見を聞きたい」
幸い年齢層や性別がバラバラならば、異なる意見も出るだろう。
そう踏んでの会議である。
「さすがクロウ様です。皆に思い出を持って帰ることができるよう、取りはからってくださるのですね」
驚きを隠さずにそう言ったのはジェフであった。
クロウとしては来客のためというよりも金を集めることをメインにしたいのだが、結果的に喜ばれるのであれば訂正する必要はない。
「料理人の立場からはどうだ」
「そうですね……。持ち帰りやすいクッキー等が思いつきますが、さほど日持ちはしません。思い出を持ち帰らせるのでしたら、もう少し長めになるもののほうがよろしいのではないでしょうか」
ジェフの言葉にクロウは『なるほど』と感じた。長期保存できるものという案は悪くない。
「ならば、少し洒落た箱で用意をしてはどうか。形を変えるか、四角いものの表面を加工するかは悩むところではあるが……。単にクッキーを求める者に向けて簡易な包装のものも用意しても悪くないか」
「それは素敵な考えです。箱は後々使えますね」
一つ案ができ、この後製造コストについて考えようとクロウが思っていると、今度は元気よくリリーが手を挙げた。
「あのね、リリーはクッキーなら中がみたいかも。お菓子を瓶に入れられませんか?」
「なるほど、瓶であれば絵付けもしやすいな」
コルク製の蓋に書くか、瓶に直接書くか、もしくは瓶そのままでも中身によっては通常の菓子としても人気がでるものかもしれない。
「ならば……飴などはいかがでしょうか」
「うむ、悪くないな。果実で色鮮やかにしあげれば、見栄えもする。菓子の材料費の試算はジェフに任せる」
「ありがとうございます。他も考えてみます」
「期待している」
菓子部門については、これで方向性は見えてきた。
「あ、あの……私からも意見を申し上げてもよろしいでしょうか」
「ああ。自由に述べてもらった方が助かる」
「では、失礼いたします」
そう前置きをしてからルーシーが口を開いた。
「絵付けをなさるのでしたら、皿やマグカップ等も販売されてはいかがでしょうか。使いやすくベースは白で、周囲に竜がいた時代の植物等を描く形がよいのではと思います」
「ほう、皿か」
「見学者に貴族以外も想定されているのであれば、悪くないと思うのです。庶民の食事は彩りにやや欠けるところがありますが、さらに彩りがあれば食事がおいしそうに見えることでしょう。上等なものであれば、特別な日に使うことも考えられます」
それはルーシーが実際にほしいと考えているものなのだろう。
皿の製造をするのであれば、工房をたずねればどうにかなるかもしれない。
「今の意見に対し、一つ尋ねたい」
「は、はい」
「先程、庶民の食事が彩りに欠けていると言っていたな。それは金銭的に折り合いがつかずという意味か? 植物の絵をいれると想定しているのであれば、野菜が不足しているように思うが」
庶民街を見た限り、格差はあれどそこまで貧困にあえいでいるようには思わなかった。
しかし実際は目に見えたよりも貧しいのかもしれないし、それならば急ぎ整備しなければならない法や対策もあるだろう。
なにせ、ここはクロウが今後楽をするための場所である。豊かな税収をあげるためには、庶民の生活を放置していくわけにはいかない。
「クロウ様はやはりお優しいのですね」
「……何の話だ?」
「純粋な感想でございます。お尋ねの件ですが、彩りが豊かでないというのは単に肉類が好きな者が多いというのが、一番の理由です」
「……」
「もちろん金銭的な意味合いの者もいますが、その者であればまず博物館へ行くといくことがありませんので、今回の対象ではありません。しかし野菜を食べることを好まずとも、野菜の色合いは視覚で料理の味を底上げします。ですので、そういうものがほしいという声は井戸端会議では時々聞きます」
「わかった。参考にしよう」
実際にルーシー以外にもそういう意見があるのであれば、
「ローズ」
「はい」
「議題とは異なるが、庶民を対象に食育の講義を任せたいが、問題はないか? お前ならば栄養にも詳しいだろう」
美容第一で過ごすローズならば、理想的な食事について語るいこともできるだろう。庶民に美容を学べというつもりはないが、ある程度の健康的な生活を送らさなければクロウの生活の質が向上しない。
なにせ庶民の生活の質の向上はクロウの収入の増加ーーつまりは税収の増加に繋がる。
クロウの言葉にローズは微笑んだ。
「もちろんでございます。私のように美しく体を保つためにできることを伝えていきますわ。女性の心をつかんで見せますわ」
「……ほどほどにな」
「はい。庶民の金銭感覚に合った、人間にできる範囲という条件は徹底いたします」
ローズは頼んだ仕事を百二十パーセントで仕上げることがほとんどだ。
そんな彼女が断言するのだから大丈夫だとは思うがーー美容についてこだわりの強い彼女がどのような方針を打ち出すのか、頼んでおきながらクロウにも多少不安は残る。
(まあ、様子を見よう)
頼んだのはあくまで自分だ。
ローズならばできると思ったから頼んだ。
だから今すぐどうこういっても仕方がない。それよりは会議の進行が先だ。
「スティーブンスにも何かいいものは思いつかないか」
「絵葉書などはいかがでしょうか。この街の転写機の技術はなかなかのものでございます」
「そうだな。確かに悪くない。竜の活動時の姿絵などの版画を作るか。木版の手配は頼めるか?」
絵葉書というものをクロウは人間界に来てから知った。
そもそも手紙という文化はあまり魔界では馴染みのある文化ではない。
親書という形で他の魔王とのやりとりがないわけではないが、どちらかといえば果たし状や決闘の申し込みなどが一般的だ。
それに比べて人間が行う手紙という文化は極めて平和的だ。
「……畏れながら、クロウ様が彫ってくださるのですか?」
「ああ。趣味のレベルではあるがな」
魔王という職業はアウトドアな趣味は向いていない。
緊急事態が起きた時にすぐに城に戻れないからだ。
そもそも趣味の時間というものがあまりとれないのだが、クロウは隙間の時間に絵や版画や彫刻などを少しずつ練習した。少しずつでも千年以上も続けていれば多少は上達したとクロウは認識している。
「木版はすぐに用意いたします。そして、まずは私が百部購入いたします」
「……お前はそこまで使うのか?」
「親戚に配りたく思いますので」
「配る、か。わかった。ついでに、展示を開始した際には告知文書を配らねばならぬな。その際は文章を頼むぞ。絵は我が描く」
絵についてはだいたい想定できているが、文字のレイアウトは人間に任せたほうがいいだろうとクロウは考えた。
何に惹かれているのか説明を聞くクロウより、人間の方がいいだろうという判断だ。
「あの、クロウ様。私も百…いえ、百二十ほどお願いできますか」
「かまわぬ」
「ありがとうございます!」
「く、クロウ様。私は五十ほど……少なくて恐縮なのですが」
「……十分多いと思うが」
スティーブンス以上の数を希望したルーシーと、恥ずかしそうに、けれどたくさんの数をいうジェフのことをクロウは不思議に思った。なぜ、皆してそこまで葉書が必要なのか。
「ありがとうございます! お守りにいたします!」
「……好きにするがよい」
好きにすれば良いが、人間は絵葉書をお守りにするのかとクロウは少し驚いた。それならば護符を作れば、もっと効果があると思うのだが。
(まあ、人間界に護符が必要なほどの脅威もないか)
無駄なことはしない。
本人たちがそれで満足しているのであれば、それでよいのだろう。
「クロウ様」
「ローズ、どうした」
「私は五百希望しますわ」
「何に使う」
「百ほどは布教用でございます」
「残り四百は」
「保存用にございます。本当はもっとほしいのですが、他のものも集める可能性を考えれば、適切に保管できる上限はこれくらいかと」
「……好きにするがよい」
布教というよりは城主としての広告のようなものとして利用するのだろうとクロウは心の中で突っ込んだ。そして、おそらく百と四百は逆の数字ではないだろうか、と。
「あの、クロウ様。リリーもほしいです。一枚、リリーも買えますか?」
「お前はあまり小遣いもないだろう」
「でも、ほしいです」
クロウとしては無料で渡しても良いとは思う。
一枚くらい、この周囲の大人であれば『どうしてあの子だけ!』というようなことにはならないだろう。ただ、それでリリーが納得するのかといえば話は別だ。高いものではないし、売ってもあまり問題はないのだが……この雰囲気に飲まれて自分も買わなければと思っているだけであれば申し訳がない。
「……商品にならない、試し刷りのものであれば無料でやろう。我は要らぬし、試作品であるがゆえに商品にもしない」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
リリーは嬉しそうだった。
しかし嬉しそうにしているのは現物を見ていないからという可能性もあるため、クロウは本気で彫ろうと決意をした。
そして、周囲の空気が少し固まった。
「……どうした?」
まさか試作品なんてものを与えることに小さい男だと思われたのだろうかとクロウは思ったが、どうも様子は違っていた。
「一番はリリーに…いえ、リリーなら当然ですわ。かわいいですから」
「一番ご利益がありそうですね…」
「何番目だってクロウ様の作品だ。素晴らしいことに違いない」
クロウの問いかけに答えるというよりは、各々が何かを呟いているといったような雰囲気だ。言葉の意味はクロウにはよくわからなかったが、とりあえずクロウの懸念とは無関係そうであることはわかりほっとした。
(しかし目玉になるものとしては、もう少し驚かせるものもないのだろうか)
欲を言えば特産品になるようなものーーそんなものをクロウは求めている。