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*第十話 想定外でも乗らない手はない


 温泉卵を堪能した視察旅行から数日。

 クロウはつい足湯を作ろうなどと思った結果、想定以上の大がかりな火竜の化石の発掘作業が始まったことに若干頬をひきつらせていた。


(確かに人間には珍しかったかもしれんが……)


 しかし、だからといってわざわざ化石の展示場を作るという計画が出るとはどういうことか。

 展示と聞いていたので既存の設備を使うくらいの認識をクロウはもっていた。ただ入りきらないようなら簡易設備でも作ろうかとは思っていた。


 しかし、いまクロウの手の中にあるのはかなり上等な設備の設計図である。

 クロウとて『こういうものを作ってほしい』という要望なら理解できないこともない。

 しかしーー。


「是非とも、是非とも建物を寄贈をさせていただきたいのです! 博物館の別館を……!」


 こうして強く願われるとは思っていなかった。

 クロウの前にいるのは学者の男で、化石の発掘担当の責任者である。

 名前をみる限り、有力貴族の当主の弟とおなじだがーーその姿からは媚びを売りに来たという雰囲気はない。


「……何故、そこまでする?」


 設計図とともに渡された嘆願書には、ただただ建築物を寄贈したいとの願いしか書かれていない。

 クロウの問いに学者は鼻息を荒くした。


「あれほど美しい化石に、生きているうちに出会えるなど私は思いもしていなかったのです。その上、発掘に携わることができるなど……もう、夢のようで。だからせめて、保存に携わらせていただきたいのです」

「そ、そうか」


 化石を燃料だと思っていた……いや、今も本質は燃料であると思っておるクロウからすれば、なかなか理解ができない事柄ではある。

 おそらく人間としても、目の前の学者も特異な存在なのだろうとは思う。


(しかし……ここまでの化石マニアであるなら、使えるな)


 スティーブンスやルーシーの反応から、クロウと観光資源とする気ではいたのだ。

 これほど熱意を込めて化石を愛する人間がいるのであれば、役には立つはずだ。

 クロウは小さく頷いた。

「博物館の件は、条件次第で了承しよう」

「本当でしょうか!? ぜひともその条件、飲ませていただきたく存じます!」

「まぁ、待て。まだ何も言っておらん。焦りすぎだ」


 注意するというやよりは、あまりの勢いで自分のペースを崩されないようにするためクロウはゆっくりと学者を諭した。

 学者もはっとしたように息を飲む。

 おそらく今までの勢いだと、対峙していたのが城主であることも忘れていたのだろう。

 ただし思い出したところであまり態度が改まったわけでもないのだが。


「その、条件とは…」

「お前が展示の責任者を引き受ければということだ」

「せ、責任者ですか?」

「ああ。なにやら見学者が増えそうなのでな。ただ置いてあるだけではつまらんだろう。詳しい者がいるほうがいい。ただし、解説にも注文をつけたい」

「それはどのような……?」

「基本的には一般向けを心がけてほしい。物足りぬだろうが、来客は専門家ばかりではないだろう。もちろん、尋ねてくる者への返答を妨げるものではない」

「たしかに通常は一般市民の来客のみ……。分かりました! まずは敷居を低くし、我が同志を増やそうということですね!」

「……それは好きにすればよい」


 しかしここまで熱中しているのであれば、同じ道を行く者たちからは神のように崇められているのだろうなとクロウは思った。


「して、その方法にご希望はございますか?」

「そうだな……。紙一枚程度の軽めの説明文など配布してはどうか」

「かしこまりました。私全力で取り組ませてて……」

「適度だ。適度を心掛けろ」


 同じ紙一枚でも字が細かくなれば一般的に読みにくい。

 クロウの言葉に学者は一瞬固まった後、自身を落ち着けるように息を吸った。


「一度仕上げたものは監修いただけますと幸いです。しかし、配布物も無料ではございません。転写代もそれなりに高くつきます」


 転写技術であればクロウもローズも魔法が使える。しかし、それをすると仕事が増える。

 休息のためには自分たちが引き受けるわけにはいかない。


(だが、見て帰っただけでは見学者が他者に宣伝するには弱い。ならばどうすればよいか……)


 そう考え、クロウははっとした。


「ならば、竜の化石を展示する場は特別展として別料金を徴収すればよい。建物が別ならば、その理由も通せよう」

「な、なるほど……。それならば配布物の捻出どころか、経営的にも望ましいですね」

「ただ、その中身がただの一体であれば見学者をがっかりさせかねん。サイズは保証せんが、あと二、三体見つけてこよう」


 それなりの全長を求めるのであれば難易度はあがるが、小振りのものでもよいのであれば魔力を辿ってすぐに見つけられる自信がクロウにはある。あの近辺にはいくつかほかの化石も眠っていた。

 そして最悪それでも足りないというのなら、魔界で何かを見つければよい。

 しかしそんなクロウの前で学者は顔を青くした。


「そ……」

「そ?」

「そんなに一度に見つかるのですか!? このあたりに竜の生存記録すら存在しなかったのに……!」


 たしかに魔力を感知できない人間であれば見つけるのは困難だろう。

 しかし、あるのだ。


「我にとって位置の特定は困難ではない。ただ、丁寧に掘り起こすとなれば人の手がいる」


 なにせ大胆に岩肌を割る程度ならともかく、肩が凝るようなことをクロウはしたくない。


「つまりは、貴様等の働きにかかっている」

「いくらでもお申し付けくださいませ! まだまだ関わらせていただけると思うと涎が……し、失礼」


 この学者は生き甲斐を仕事にしたのだとクロウはひきつりながらも感じた。

 それは彼にとって素晴らしいことだと思うが、真似はできないとも思う。


「ああ、あともう一つ頼みたいことがある」

「どのようなことでしょうか!?」

「……別館に売店を組み込んでほしい」

「売店でございますか?」

「ああ。儲けるぞ。運営に充てる収入が増えるに越したことはないだろう」


 クロウの言葉に学者は不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに恭しく礼をとった。

 それは美しい流れで、本当に学者が貴族社会の一員だったのかと認識させられるものだった。

 ただし、その口から出てきた言葉はやはり少し飛んでいたのだが。


「我が神の仰せのままに」


 神ではなく元魔王で現城主及び国王ではあるのだが、面倒なので訂正はしなかった。

 とりあえず、敬われることにおいてはクロウにとって害はないのだから。



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