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*第八話 執事の独白


 スティーブンスは代々城主に仕える一族に生まれた。

 だが、スティーブンスは仕えていた前城主との関係には悩んでいた。


 執事は代々主に仕えることを定めとしている。スティーブンスもそれを幼い頃より言い聞かされてきた。


 しかしどう足掻いても、彼の目には自らの主は愚鈍にしか映らなかった。

 何が悪いのかと問われれば、逆にどこに賞賛するところがあるのか問い返したい。それほどに、手がつけられない相手であった。


 とくに使用人に金を出し渋るのに、帳簿をごまかして私腹を肥やしている所は見かねている。今まで任せられていた仕事を自らやると言い出したため、こっそりと確認していたのだが、予想が当たったときにはげんなりとした。

 自身の収入も仕事ぶりから考えれば反発されるほどに高いにもかかわらず、その倍額を帳簿上で操作していたのだ。


 そんなことをせずとも自らの取り分を増やせるだろうに、あまりに反抗心を煽っては革命が起きるとおそれていたのかもしれない。


(今はまだ、何とか耐えられているが、このままではどうにもならなくなる)


 そう思えば、城主の一番近くにおり、かつ動向を把握できる自分が覚悟を決めなければならないのかもしれないそう思って剣技も身に付けた。


 しかしそう考えていたときに魔王が襲来するなど、考えもしていなかった。


(そう、クロウ様がお越しになったのがもう随分昔のことのように思える)


 現在スティーブンスが仕えているのは、ある日突然襲来した魔王クロウである。

 

 スティーブンスは特に反抗心を持つことなく、そのまま前城主に仕えていたときと同じ様に彼に仕えた。


 その結果……仕事が大幅に楽になった。


(この主は一体何を考えているのだろうか)


 不満はない。

 使用人は仕事に前向きになり、金銭的な余裕もできた。

 城という体を誤魔化しながら保ってきた状態が、徐々に修繕されていく。

 ただ、狙いが一向にわからない。

 それでも、不審がるよりスティーブンスにはある種の安心が生まれていた。

 この城は再び主を得たのだ、と。


「スティーブンス」


 そう呼ぶクロウは、スティーブンスの孫と外見年齢はそうかわらない。

 しかしながら、風格は歴戦の猛者のそれである。

 そう、確かに紛うことのない強者であり、支配者なのだがーー人間の世に疎いためか、稀に想像もつかないような可愛らしいことを仰ることがある。


「いかが致しましたか、クロウ様」

「人間の文化で一つ聞きたいことがある」

「なんなりと」

「温泉卵とは如何様な文化か」


 非常に真面目な表情をして、何を仰るのかとスティーブンスは思う。


「特産品か? 温泉は聞いたことがあったが、温泉卵は聞いたことがない」

「温泉卵は料理の名称でございます」

「珍しいものなのか?」

「近隣諸国を含め、温泉がある地では珍しくはございません」

「そうか……」


 残念そうに『隠れた名品であれば売れただろうに』と言うクロウを見て、やはり常々この土地のことを考えているのだとスティーブンスは思った。


(この土地を栄えさせる方法を探っておられる)


 今回の考えは不慣れ故に成功とはならなかったが、その姿勢は民としてもありがたい。


「クロウ様。温泉卵をご存知ないのでしたら、一度ご賞味なさいますか」

「そうだな。温泉に行けば食えるか?」

「ええ。もっとも、この屋敷の中でも作れますが」


 スティーブンスの言葉にクロウは少し迷っていた。


「いや、現地へ行こう。温泉というものも見てみたい」

「魔界にはないのですか」

「聞いたことはない。むろん、見たこともない」


 だとすれば、クロウはまったく温泉を知らないということをスティーブンスは理解した。

 当たり前のように支配者たる振る舞いをしているクロウだ。

 見たこともない温泉を、とても豪華なものだと思っているとすれば……この近辺にあるものは、それとは違う。


「もしかしたら、人の温泉はクロウ様には物足りないかもしれません」

「別に物足りないと感じることはないだろう。平和なものであればよいと思うが」

「左様でございますか。お気に召せば幸いです」


 ただ、それでもクロウの想像と実際の場所はかなり異なるとは思う。

 しかし少しでも主のよい思い出になるように、スティーブンスも最高級の卵を仕入れようかと考える。


「ところで、クロウ様。視察の際、温泉には御入浴なさいますか?」

「ああ、温泉は入浴施設というのが本質だな」

「はい」

「考えておこう」


 それならば肌触りが最高によいタオルや洗うことに特化したタオル、肌によい石鹸は常に用意している。


「供はいかがいたしましょうか」

「詳しい者に頼みたいが、それ以上の要望はない」

「畏まりました」


 てっきりローズの名前が出るかと思ったスティーブンスは平然と答えながらも少し意外だと思った。彼女は副官であることにこだわりを見せているため、てっきりクロウが呼び寄せたものかと思っていたが……この様子を見る限りただ単に彼女はクロウを追って来ただけのようだ。


(しかし……あれほどの美女を相手にしても溺れない旦那様は、実に賢明な方だ)


 彼女がクロウの配偶者であっても別に悪いことではないとは思う。

 ただ、為政者が色欲に溺れて堕落したという話は歴史にも度々出てくる。それにも関わらず、クロウは傾国の美女だと言えるローズを前にしても、なにひとついつもの様子を崩さないのだ。


(前の城主であれば、確実に国政を崩壊させていただろが……このご様子を見る限り、しばらくこの国は安泰だ)


 そう、スティーブンスは思ってしまった。

 そしてまさか魔王相手にこのようなことを思う日が来るとはと、少し笑みを溢さずにはいられなかった。


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