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*第七話 襲来、魔王様の元副官!


 朝食後、自室に戻ったクロウは千里眼を使って城内を観察した。

 使用人達の顔色は当初よりも良くなっている気がする。


「うむ。問題なさそうだな」


 部屋に居ながら周囲の様子を見られる千里眼は便利であるが、魔界では戦場以外で使ったことがない力でもある。

 それはプライバシーに配意……というよりは、万が一にもプライバシーを侵害するようなことをしてしまったときに反乱が起きることが予想されるからだ。使用に十分注意していても事故が起きる可能性はある。


 もっとも能力値から考えれば、クロウの術に気付かれる可能性は限りなく低いのだが。


 そして術が気付かれる恐れのないこの城内においても、クロウはプライバシーに関わるところ……例えば個々の自室や浴室といった場所は見てはいない。見るのは共有部分として歩ける場所だけだ。


 クロウは仮に謀反の恐れがあったとしても、そのような場所を見なくともなんらかの気配は感じ取ることができると考えている。そのため見てはいけない、あるいは見たくなかったものを見てしまう可能性があるところまで探る必要はない。


「さて、我の仕事を始めるか」


 そしてクロウは自分の仕事に取り掛かることにした。

 食べ歩きの名目とした『街の視察』に関する成果を仕上げなくてはならない。

 クロウが提示しようとしているのは道路改修についてである。

 街並みはなかなか綺麗であったものの、路地はやや傷み始めている。クロウの生活を彩る食事を豊かに保つためにも、商人には気持ちよく荷を街に運んでもらいたい。


(だが、人間の技術力というものはどれほどのものだろうか? 大概は我の魔法で何とかなるが……我は創造の系統はあまり得意ではないな)


 無形の水や風を操ったり物質を破壊したりすることに関しては自信があるが、創作の分野はクロウにとって経験が少ない分野だ。

 かといって人間に『道を直せ』と命じるにしても、技術者の確保の可否やいくら費用がかかるのかわからない。


(あとでスティーブンスに聞くとするか。まずは現状気になった問題点だけを洗い出して……)


 そんなことを考えている中、クロウは一瞬よく知った気配を感じた。


「……もしや、あ奴が来たのか?」


 もちろん、それも千里眼で探ることは出来る。

 だが想像している相手で間違っていないのであれば、間違いなくクロウの元へやってくる。ならばわざわざ調べる必要もないだろう。

 そう考えたクロウが仕事の続きをしていると、やがて執務室のドアがノックされた。

 気配からルーシーのノックだとわかった。


「入れ」

「失礼いたします。……クロウ様、実はお客様がお越しになっているのですが」

「それは派手な装いで、金髪で赤目の女か?」

「え? あの、その通りでございますが……」


 それを聞いて、クロウは『やはりか』と思ってしまった。

 金髪ならまだしも、赤目というのは人間界には希少だ。


「あまりに待たせると屋敷が壊れかねん。連れてきて構わん」


 そう、クロウが告げた時だった。


「いやですわ、クロウ様。それではまるで私がじゃじゃ馬のようではないですか」


 非常に妖艶な声がクロウの耳に届いた。


「お久しぶりです、クロウ様。貴方様の副官、ローズが参りました」


 大げさともとれる身振りと共に現れたローズは、胸元が開いた大胆な装いをしていた。

 豊満な胸を持っている彼女にはよく似合っている。スカート丈は足首近くまであるものの、深いスリットが入っており色気がある。

 それが自分に似合うのがわかっているからだろう、ローズは自信に満ちあふれているようだった。

 そして彼女は堂々とクロウの執務室に入ってくる。

 案内する前に現れた女に、ルーシーが戸惑った表情を浮かべた。


「あの、この方は……?」

「魔女だ。魔界で我の副官をしておった。元人間……いや、今も一応人間なのか?」


 相手が人間かどうかを気にしたことはないので、クロウにはよくわからない。加えて言えば単身魔界に乗り込んできた者を人間と称していいのか分からない。ただ、本人が人間というのなら人間でよいと思うのだが。

 クロウの言葉にローズは微笑んだ。


「そのようなことは些細な話です。そのようなことより、かの地を統べておられた魔王様がこのような所でなぜ人間の真似事していらっしゃるのですか?」

「我は別に人の真似事などしておらん」


 ただ、のびのびと充実した日々を送るための計画を遂行しているだけだ。


「それより、お前は我の『元』副官だが、今は我の副官ではないだろう? 我は領地を放棄した。かの地にもすでに新たな魔王が誕生しているはずだ」


 魔王の代替わりは非常にシンプルだ。

 魔王の引退宣言もしくは死去(他殺含む)の後、配下が名乗りを上げる。複数が希望した場合は戦い、勝者が魔王となる。

 クロウが放棄を宣言した時、我先にと喜び勇んだ元部下何名かが名乗りをあげていたことを知っている。


「ええ、たしかに誕生しましたが……やはり、私が仕える魔王は貴方を置いて他におりません」

「お前、我が引退すると言ったときには気にも留めなかっただろう。納得していたのではないのか?」

「それは、本当に引退なさると思わなかったからです! 世界一、いえ、生物一の美女を副官に据えておいて、手も出さずに引退なさると思いますか?」

「冗談はいらん。本題を言え」


 確かにローズは美しい。

 そして自分を美しく保つことに執念をかけている。それを求めて魔界の地を踏むことをした人間だ。

 が、出会ってから今までの間、クロウはモーションらしいことをなにもかけられたことはない。だから今更そのようなことを言われても信じる理由がない。

 しかしここにいるということは、何らかの状況を変化を求めてということだろう。


(そんなに本来の理由が言いにくいのか?)


 次代の魔王がそれほど酷かったのかとクロウは考えたが、ローズはやや目を逸らしている。


「……正直に申し上げます。わたくし、もしもクロウ様が本当に引退なさっても私を置いて行かれたことを後悔しお戻りになるまで、絶対にこちらからご連絡差し上げないと誓っておりました」

「……は?」

「ですが、もう我慢の限界でございます!! 猪頭のミノタウロスが新魔王になったせいで、私、もう耐えることができません!!」


 くわっと、悲劇のヒロインを連想させる悲痛な表情でローズは叫んだ。

 一方クロウはその主張に驚かされつつも、冷静に返答した。


「カルヴィが新魔王になったのか? しかし、あれは牛だ。猪ではない」

「そこは重要ではございませんわ!!」

「そもそも、お前がアレに負けるわけがなかろう。なぜお前が魔王にならずアレの部下をやっている」


 普通の人間の女性と変わらない外見であるが、ローズの感情の起伏と破壊力はとんでもない。遠い過去には怒りのあまり山を一つ噴火させたこともあれば、拗ねたあげくに泣き続けて湖一つを作りあげたこともある。

 ローズに言わせれば『若さ故の過ち』『魔力が勝手に私の感情に連動しただけで、私が望んだわけではございません』とのことらしいが、当時の容姿と現在の容姿はほぼ変わらない。

 しかし、ローズはあっさり答えた。


「戦いなど嫌でございます。負ける気はしませんが、万が一、飛び石で肌に傷が付いたら大変です」

「……そうか」

「そうでございます」


 解決策をかすり傷を理由に捨てているなど、やはりローズの美へのこだわりは意識が強いと思わずにはいられなかった。


「私、あの猪が来てからというもの睡眠不足でなりません。昼夜も休日も問わず呼び出しやがりまして、とんでもなくどうでもいい問に答えろとせかされますの」

「例えば?」

「『君の凍てついたハートを溶かすにはどうすればいい?』と。まず、自分の心臓でもえぐり取れば良いのではと返しましたが」

「ぶっ」


 想像と違う方向からの発言に、クロウは思わず噴き出した。

 背筋が寒くなる気がした。


「あとはやたら触れてくるので腹が立ちます。最近は魔法で氷漬けにしたりあぶったりして対処していますが、微量であってもあのような者のために魔力を消費するのは嫌でございます」

「そ、そうか」

「ほかにも仕事のスケジュールをすぐに自分の気分で変更するのもいただけません。各所との調整を全く考えずに、怒鳴り散らして喚くなど言語道断。挙句拳で語れば良いと仰るので放っておいたら領土をいくらか失いました。そこに私が好んでいた天然サウナの場所も含まれるので最悪です」


 なるほど、ミノタウロスらしいとクロウは思った。

 過去、クロウにも頻繁にそのような意見をしていたが、実際に一騎打ちでクロウが拳で黙らせていたので、クロウとしては困ったことなど何もなかったのだが。

 どうもミノタウロスはローズに惚れているのだろうと推察しつつも、さすがに支配者としてはなっていないとクロウは思った。これでは、次の代替わりまでは百年とかからないことだろう。


「私、クロウ様にお仕えするときにお約束したことがございました」

「あれか」

「はい。二十一時に就寝・六時起床が可能で、安定した生活を保証してくださる約束です」


 クロウがローズに初めて出会ったのは、ローズが魔界に来てまだ間もなかった頃のこと。

 ローズは魔女とはいえ人間で、若輩者。

 魔界で望む待遇を受けることはできていなかった。

 しかし、その能力を見込んだクロウはローズを勧誘した。

 当時のクロウも魔王になってまだ五十年ほどという若輩者で、領土もそれなりに狭かったが、ローズの条件はクロウにとってはあまりに簡単だった。


「猪野郎はまるでだめ。それに私、そもそも私より強い御方にしか仕える気はありません。安泰が大事ですから」

「お前、先ほど我に惚れていると言っていなかったか」


 やはり先の言葉は建前で、今の言葉こそ本心なのではないだろうか。

 そうクロウが思ったが、ローズは心外そうにクロウをにらんだ。


「それも大事でございますが、クロウさまの前に参上するのに中途半端な状況で出るなど恥の極みでございます。私、今も本当は非常に恥ずかしいのを我慢しているのです」

「別にお前はいつも通りだ。悪い意味ではなく、美しいが」

「そ、そんなことを仰っても私のことは私が一番わかっておりますから、お世辞は結構です……!!」


 どうやら何か怒らせてしまったようだ。

 そうは思っても、本当に差がわからないクロウにとってはほかに言いようがなかった。


「しかし、次の魔王に従う気がなく、また己も魔王になる気がないと言うなら……ここで暮らすか? 別に住まいの斡旋くらいならしてやるが」

「私はクロウ様の副官でございます。したがってクロウ様のあるべき姿を補佐させていただくのも私の務め。このような人間の土地で、クロウ様がお過ごしになるのが見過ごせません。もっと広大な土地で、多数の部下を従えてはいかがですか。そのお手伝いであれば、多少の戦いも厭いません」

「ここはそなたが思っているより良い場所だ。まず、飯が美味い」


 その言葉にローズはぴくりと反応した。

 さらにその反応に二人の様子を見ていたルーシーがぴくりと反応した。


「び、美容によい食事もご用意できます……!」

「な、に……?」

「ほ、ほかにも美容によいとされる湯が、この近くに沸いている場所がございます!」

「「温泉があるのか!?」」

「は、はい!!」


 クロウとローズの重なった声にルーシーはしっかりと返事した。

 クロウも人間界に温泉という浴場があることは知っていた。

 魔界であれば誰構わず入れるような場所で全裸になるなど危険極まりない行為であるが、人間界において公衆浴場は一般的である。そのため突如始まる攻撃に備えて護衛を待機させる必要もない。


(そんなものがあるのであれば、恩恵に預からないわけにはいかないな)


 湯で体を癒す効果は絶大だという知識はある。

 更に温泉となれば、さらなる効用もあると聞いている。

 そしてクロウを喜ばせた温泉という提案は、ローズの心も動かした。


「クロウ様。私、ここで暮らすクロウ様を、まずはサポートさせていただきたく思います」

「おお、この地の良さが想像できたか」

「ええ。ですが、次は私に手を出さずして行方をくらませられることがなきよう、お願いいたします。くれぐれも。くれぐれも、ですよ」


 そう深々と頭を下げるローズを見て、クロウは軽く聞かなかったことにした。逆にそれを間に受けて本当に手を出したが最後、粛清だの革命だの言われる運命しか見えてこない。そう思うからこそ、クロウは間違ってもローズに手を出さないと自信をもって言える。ローズも戦いたくないと言っているだけで、本来魔王の座に就けるくらい強いのだ。戦えば、この地が焦土になってしまう。それだけは絶対にいけないことだ。何より今のローズもおそらくストレスでおかしくなっているだけで、本心ではない。

 そんなことを思いながらローズを見ていたクロウは、そこでふと一つの案を思いついた。


「ローズ。お前は創造も得意であったな。この街の道の修復を担当するがよい」

「それを直せば何か良いことが?」

「市場に向かう商人に良いことが起ころう」

「つまりは素晴らしい食事に繋がるわけでございますね。畏まりました。では、まずは人間の技術具合を確認の上、不足があれば私の魔法で補う形で考えましょう」


 思いがけぬ形で一つの問題が片付いたことにクロウはほっとした。


「ルーシー。急で悪いが、これの部屋を用意してやってくれ」

「とんでもない、喜んでご用意させていただきます……! いま、庭の花が綺麗に咲いておりますので、その見晴らしがよいお部屋がございますので、そちらでご用意いたしますので!」

「あら、素敵。この方はよく気が利くようで。クロウ様、この子が妾でも私は許しますよ」

「そのようなことを申すな。働き辛くなる。そなたもミノタウロスから受けた仕打ちを考えればわかるだろう」


 ローズには悪気はない。

 もともと魔界で重婚は珍しくないし、逆に強者の妻ということは妾だろうが側室だろうが、名誉なこととされるほどだ。

 それでも、少なくともこの辺りに住む人間の制度を考えれば屈辱や嫌悪を発してもおかしくはないとクロウは推察する。


「だいたい、妾も何も我に妻はおらん。何を申すか」

「そこは私が収まるための空席にございます。お気になさらぬよう」

「だいたい千年近く共にいたというのに、今更……」


 そう、クロウがぼやいた時だった。

 部屋の温度が急激に下がった。


「お黙りあそばせクロウ様。無粋でございますわよ」

「く、クロウ様……。女性に、年齢が分かるような発言は……」

「そうです。まだ九百八十年でございます」


 怒りを隠す笑顔を浮かべたローズにルーシーは援護したが、そのルーシーもローズの続いた発言に目を丸くした。


「……左様か」


 大差がない、と言いたい言葉をクロウはぐっと飲みこんだ。

 本人がそういうのならば、そうなのだろう。

 するとローズは満足そうに頷いた。


「左様でございます」


 それならば、それでもよい。

 ただ、クロウは一年をほとんど数えたことがなく『だいたい』くらいの認識しかないので、今後はローズに関する年齢は完全に伏せようと思った。

 そんなとき、微妙な空気になったクロウの執務室に飛び切り明るい声が飛び込んできた。


「クロウお兄ちゃん……あの、リリー、お菓子を焼いて……って、わあ、綺麗なお姉ちゃんがいる!」

「綺麗なお姉ちゃんですって……? なんて、素直な子なの。お名前は?」

「リリー!」

「そうなのね、初めまして、私はローズよ」

「ローズお姉ちゃん?」

「そう、そうよ。『お姉ちゃん』よ」


 そうして手を広げて飛びついたリリーを抱き留めたローズを見て、クロウは思った。

(……聖女と魔女が抱き合う光景か。まあ、悪いものではないな)

 ただ、今後は想像していたより賑やかなことになりそうだと思ってしまった。


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