7.ぬるま湯のままがいいのにな
「ラインさんから聞いた件?」
「それしかないだろう!」
「ボリューム落としてよ」
どうやらランクルは、お兄さんから私と婚約破棄をするよう伝達が職場に来て仕事を投げて帰宅したらしいと言葉少ない彼から聞き取った。
「ランクル様!」
「何故貴方がいるのですか? 来訪の連絡はなかったはずだが」
冷たすぎる声色にちょっとリリーちゃんも怯んでいる。塩対応すぎるわよ。
「戦場じゃあるまいし。少しその荒ぶりを抑えてくれる? あと、私との話はリリーさんと話をしてからにして。婚約者話なんて聞いてなかったし。事前に確認したわよね?」
例え仮でも後からゴタゴタは嫌だから恋人の有無を聞いたのに意味なかったわ。
「縁談の話は随分前に終わっていたんだ」
「私も人の事を言えないけど。今、彼女と話をしなさいよ。それにより私との婚約は解消になっても構わないから」
ランクルの下がっている拳がグッと強く握られた。
彼の傷ついたような顔は、私がさせている。
「ギュナイル、行くわよ」
まだ動かないランクルの横をすり抜け綺麗な空気を吸いたくて借りている部屋ではなく中庭に足を向けた。
* * *
「カナ」
「何か言いたそうね。仮にも彼氏をあっさり手放し過ぎ、薄情な奴だと? ま、その通りだし。言いたい事があるならどうぞ」
日陰になっている大きな木の根本に腰を降ろしても、ついてきたギュナイルは、立ったまま。その表情からは正直何も読み取れないけど実は不満もあるだろうと尋ねてみれば。
「カナがこちらの世界で生を終える選択をする可能性はどれくらいでしょうか?」
意外にもマトモな質問だった。
「あーぁ。ギュナイルがソースを渡さなければ今頃は大量に溜めた録画を観れてたのになぁ」
「カナ」
「わかんないわよ」
焦れた声に応えた。
「ギュナイル。貴方とランクルとの関係は嫌いじゃない。もう違和感ないくらいに私の生活に浸透してしまっている」
ねぇ、私だって知ってるわよ。
「貴方達は、あの部屋の外には出られないよう術で制限されている。それを差し引いても二人は、私のいる場所で生涯は暮らせない」
戸籍もそうだけど、剣と魔術で生計を立ててきた人達が会社で受話器とって頭下げてだなんて想像つかないし。
なにより似合わない。
「ならば私が、この世界で定住するしかない」
頭では理解している。
「ランクルだけじゃなくギュナイル、貴方も良い人いるなら離れていいわよ」
同じ世界の人間の方が生涯を共にするのが一番いいはず。
「カナ。私達は幼子ではありません。自分の事は自身で判断しています」
伸ばされた腕が、私を緩く包む。
「……三日に一度、ギュナイル達とご飯を一緒に食べて、お酒に飲まれてバカ騒ぎしてさ。それだけで、そのままでいいんだけどな」
ランクルにしっかりしろと言っている自分が一番、駄目人間であるのは自覚している。
「弱っている貴方は珍しいので、このまま押し倒して進めてよいですか?」
「そういう所が残念なのよねぇ」
腰をさわさわと撫でている手を容赦なくはたけば悲しそうにするギュナイル。
「ありがと」
粘着質なのはいただけないけど、基本は世話好きで良い奴だとこの一年弱で充分すぎるくらい知っている。
「真面目に考えてみるわ」
これからどうするか。
「え、押し倒していいんですか?」
やっぱ残念な奴かも。
「タッ! いきなり酷いじゃないですか!」
形の良い額に加減しないデコピンを食らわせれば、魔術師でも痛いらしい。防御すればいいのに。
「顔が近すぎんのよ。ねぇ、レイちゃんのトコ付き合ってよ。早く帰れるように急かしに行こう」
とりあえず帰宅のめどがたたないと困る。
「ついでに、なんか屋台とかで食べたいなぁ」
串焼きとかクレープみたいのもあるかな。
塩っぱいものからの甘い物は定番だろう。
「はぁ……しょうがないですね。少し見た目を変えて大人しくするなら付き合いますよ」
「話がわかる人は好きよー!」
立ち上がりお尻に付いた草を払い、ギュナイルの腕に自分の腕をからませ見上げると、なにやら顔が赤い。
「これくらいで照れるの?」
押し倒すより健全すぎる動きでは?
「普通ですよ!」
「いや、可愛いトコもあるじゃないの」
「だから別に」
「はいはい、まず屋敷の執事さんを捕まえないとね」
無断外出は迷惑だろう。居候の身としては謙虚にしていないとね。
隣から謙虚なんて言葉がカナの頭の中にあるとはと聞こえてきたので足を若干本気で踏みつけた。
「空は快晴、せっかくだから楽しむわよ!」
貴重な休みを無駄にはしないと空を眺め気合を入れた。